大井競馬場初の左回りレース

2021年11月25日(木) 12:00

 11月19日、金曜日。久しぶりに大井競馬場に足を運んだ。

 この日に初めて行われる左回りのレースを見るためである。大井競馬場が、左右両回りでレースが行われる世界唯一のコースになる瞬間に立ち会うことができる――そう考えると嬉しくなり、もうひとつ楽しみにしていた皆既月食を観察するのをすっかり忘れてしまった。

 まあ、月食はまた見られる。が、初めての左回りのゲートが開くのは、この日の午後8時50分、そのときだけだ。

 晴れてよかった。夜の大井競馬場のスタンドやコースは、何度見ても来てよかったと思えるほど綺麗だ。

大井競馬場のスタンド。右にパドック、左にコースがある。

 この日は、事前に指定席や一般席を購入していなくても、最大5000人まで予約なしで入場できるようになっていた。なので、それなりに混むことも予想していたのだが、十分以上にソーシャルディスタンスを保てる状態だった。最終的な入場者は1560人だったという。

 左回りのレース「Make New Way賞」(ダート1650m)は、最終の第12レース。決勝審判が左回りのゴール前の建物(4号スタンド)に移動しなければならないので、最終レースに設定されているのだという。

 左回りのゴールは、スタンドからコースに向かって右のほう、右回りのゴールからラスト100mのハロン棒を中間点として200m離れたところにある。わかりにくい表現になったが、すべてのハロン棒は左右の回りで共通して使えるようになっている。つまり、どちらの回りでも、ラスト100mのハロン棒は、そのままラスト100mのハロン棒として使えるのだ。これはレースが見やすくていい。

 左回りのレースの距離は、当面の間1650mのみで行われるということで、スタート地点は直線のなかほど、ウマイルスクエアの前になる。

 馬券はこのレースと、ひとつ前の第11レースだけを買うことにした。第11レースのパドックで8番のラッシュワンがよく見えたので、この馬の単複だけ買ったら、それが何と当たってしまった。3番人気で単勝600円、複勝は280円だった。

 払戻しもしたいが、わざわざ新調したという左回り用のゲートがどんなふうに出てきて、どう設置されるのかも確かめたい。スタンド前にいると、観客の間から「左回り」という声が、ちらほら聞こえてくる。みな、初めてのものを見るのが楽しみで、どことなく浮き足立っている。

 第11レースで使っていたゲートが内馬場からコースに出てきて、左奥のスタンドのほうへと戻って行く。その奥から左回り用のゲートがコースに出てきて、向正面へと入って行くのが見えた。

 私は払戻しを済ませてからパドックへと移動し、出走馬を吟味した。今回もよく見えたのは8番の馬だった。その馬、サンドストームの単複と、7番のバーブルとの馬連、ワイドを買って、またスタンド前に戻った。

 人の流れが、何となく、コースに向かって右側へと傾いている。そう、みな、左回りのゴール前へと歩いているのだ。

 私も、直線のハロン棒の向きなどを確認しながらゴール前へと向かった。

 日本の競馬場のハロン棒の上部には、数字を記した丸いプレートが付けられている。海外の競馬場にはハロン棒のないところはいくらでもあるし、あったとしても、紅白のものと、緑と白のものと色分けしてあるだけだったりする。

 元々、観客や、初めて乗る騎手にとって親切なつくりになっているわけだが、大井の直線のハロン棒の数字は、スタンドから見て左側、右回りコースのゴール前のスタンドのほうに向いている。

 大井競馬場の広報の人に訊いてみると、ハロン棒の数字は、観客や、テレビに映ったときに見やすい向きにしてあり、左回りコースでのレースを実施するにあたっても、向きを変えていないとのことだった。

 つまり、例えば、直線のラスト100mのハロン棒は、元々、左回りでゴールに向かう騎手から「1」という数字がよく見える方向に向けられており、右回りでは、数字の書かれていない裏側しか見えないようになっているのだ。

右回りのゴール前。ラスト100mのハロン棒の「1」という数字がこちら側に向いている。

 左回りでレースをしなければ、こんなふうに、ハロン棒の向きまで意識することはなかっただろう。

 左回りのゴール前の撮影エリアに行くと、朝日新聞の有吉正徳さんや、旧知のカメラマンたちがいた。

 ここから見て左側に置かれたゲートから出た馬たちが眼前を通り、第1コーナー(右回りの第4コーナー)へと入って行くわけだ。「あ、返し馬のあと、馬たちはこう来るのか。もうちょっと下がらないとな」「1周目のときは立って撮ったらまずいだろう」

 カメラマンたちの声が聞こえる。

 みな、ここからレースを撮るのは初めてなので、この道何十年のプロでも戸惑うことが多かったようだ。

 ゲートが開いた。やはり、大井の直線を左から右に駆けて行く馬を見るのは、不思議な気分だった。

左回りの「Make New Way賞」のスタート直後。

 1コーナーで、内にいた馬が外から寄られて進路が狭くなるシーンがあったが、すぐさま態勢を立て直し、事なきを得た。

 道中、中団のやや前に位置していた1番人気のバーブルが勝負どころから進出。直線での叩き合いを制し、記念すべき一戦の勝ち馬となった。

 鞍上の御神本訓史騎手にとって、これが地方通算2500勝という節目だった。やはり、スターは、美味しいところで決める。

 御神本騎手は、初めての左回りについて問われると、こう答えた。「返し馬で戸惑っている馬もいて、気をつけて乗ろうなと騎手同士で話していました。1コーナーでアクシデントもありましたが、無事に終えられてほっとしています。もともとコースがゆったりしているので、コーナーも回りやすいですね。どんどんこういうレースを成功させて、ほかの競馬場からも馬たちが来るように発展していってほしいです」

地方競馬通算2500勝を達成した御神本訓史騎手と騎手仲間たち。

 自身の2500勝に関してのコメントもふるっていた。「リーチがかかっていたので意識はしていましたが、初めての左回りのレースを成功させることに集中していました」

 自分の記録よりも、レースの成功。なかなか言えることではない。

 彼の勝利騎手インタビューも含めて、いいものを見せてもらった。

 なお、私が軸にしたサンドストームは4着だった。

 同じ競馬場で左右の両方の回りのレースを見られるというだけで、不思議なくらいテンションが上がる。レース後、ウイナーズサークルのほうへとゾロゾロ連なって歩いていると「遠いなあ」といった声も聞こえてきたが、そう言いながらも、ネタにできることを歓迎している雰囲気が伝わってきた。

 当面の間、左回りのレースはひと開催に1レースで、今後、開催日1日に1レースにしていくとのこと。距離も、今後は1000mなど、ほかの距離も検討していくという。

 重賞や国際レースの実施も見据えているというから、楽しみがさらに広がる。

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島田明宏

作家。1964年札幌生まれ。ノンフィクションや小説、エッセイなどを、Number、週刊競馬ブック、優駿ほかに寄稿。好きなアスリートは武豊と小林誠司。馬券は単複と馬連がほとんど。ワンフィンガーのビールで卒倒する下戸。著書に『誰も書かなかった武豊 決断』など多数。『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡』で2011年度JRA賞馬事文化賞、小説「下総御料牧場の春」で第26回さきがけ文学賞選奨を受賞。netkeiba.com初出の小説『絆〜走れ奇跡の子馬〜』が2017年にドラマ化された。最新刊は競馬ミステリー『ノン・サラブレッド』。

関連サイト:島田明宏Web事務所

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