『人生を懸ける思いで引き取る決意を』応援し続けたダイワインパルスが愛馬に(2)

2022年05月17日(火) 18:00

第二のストーリー

現役時代のダイワインパルス(提供:Mさん)

競走馬登録抹消から…急展開

 ダイワインパルスが出走するたび、競馬場の開門と同時に応援幕を手に場内を駆けまわっていたMさん。

「場内の売店のおじさんにも知られるところとなって『今日も最終レースに走るね』と一緒に応援してくれるようになりました」

 2勝クラスでしばらく堅実に走っていたインパルスも、掲示板を外したり、2桁着順のレースが増えてきた。

「なので、今日が最後のレースになるかもしれないと思いながら、応援していました」

 2020年5月30日に東京の2勝クラスで6着の後、インパルスは休養に入った。

「毎日のようにJRAのホームページで帰厩したかどうかを確認したのですが、そのたびに放牧となっていました」

 復帰を待ちわびていたMさんがいつものようにJRAのホームページを開くと、宗像義忠厩舎の管理馬一覧にダイワインパルスの馬名がなかった。

「忘れもしない昨年の3月11日のことでした」

 気づかぬうちに、ダイワインパルスの競走馬登録が抹消されていたのだ。

第二のストーリー

復帰を待ちわびていたMさんだったが、気づかぬうちに競走馬登録が抹消されていた(撮影:下野雄規)

「どうしよう、これはまずいと一気に血の気が引きました」

 Mさんは慌てて知り合いのJRAの元厩務員にメールを送った。阿見乗馬クラブに管理馬を乗馬として送り込んでいた調教師にも相談した。その結果、千葉県の競走馬の育成・休養牧場にいることが判明した。さらに阿見乗馬クラブ会員のKさんという人物が、その牧場で働いていることもわかった。

「Kさんからは、ダイワインパルスが確かにその牧場にいると写真付きで連絡が来ました」

 さらに牧場の責任者から、インパルスをMさんに譲ることができるという、Mさんにとっては吉報も同時に届いた。吉報ではあったが、あまりの急展開にMさんは面食らった。

「まだ受け入れる準備ができていたとは言えませんけど、これを逃したら死んでも死にきれないくらいの人生を懸ける思いで、引き取る決意をしました」

 イチャキナを引き取って阿見乗馬クラブに預託している関西在住のAさんの一言も後押しとなった。

 実はMさんは、ダイワインパルスを引き取る以前から、阿見乗馬クラブの会員だった。当コラムでも紹介したことのあるイチャキナがきっかけだった。イチャキナは、金沢競馬時代にアザラシのシャドーロールで有名となり、小さな馬体で頑張る姿は多くの人々の心を掴んだ。引退後、イチャキナに惹かれた前出のAさんがオーナーとなり、阿見乗馬クラブに預託した。そのイチャキナに会いに住まいのある埼玉県から訪れたMさんは、クラブのアットホームな雰囲気と可愛いイチャキナが決め手となって、すぐに会員となった。

「イチャキナは初めて会った時にこちらに突進してきました(笑)。それでちょっとビビッてしまいましたけど、本当に可愛いんですよね」

第二のストーリー

ダイワインパルス(奥)とイチャキナ(提供:Mさん)

 以来、自称イチャキナのカメラマンとして、週末になると車で片道2時間半から3時間ほどかけて、クラブに通い詰めた。

「そのイチャキナのオーナーのAさんとインパルスの話になり、思わず僕が『自分より幸せにしてくれる人がいれば…』と言ったんです。するとAさんは『インパルスはMさんやないとあかん』と。その時、何も反論できなくて。でもその一言が、背中を押してくれたと思うんですよ」

 インパルスの居所が判明した週末、Mさんは千葉県の牧場にいた。母プロテクトジアースのお腹にいる頃から応援し続け、競走生活の無事を祈り、引退後は自分が引き取りたいと夢にまで見たあのダイワインパルスが目の前にいる。Mさんは、インパルスになかなか近づくことができなかった。

「でも心を落ち着かせてインパルスのそばに行ったら、優しい雰囲気で迎え入れてくれました」

 そして2021年4月3日、ダイワインパルスはMさんの愛馬として阿見乗馬クラブへとやって来たのだった。

第二のストーリー

阿見乗馬クラブにやって来たダイワインパルス(提供:Mさん)

(つづく)

バックナンバーを見る

このコラムをお気に入り登録する

このコラムをお気に入り登録する

お気に入り登録済み

佐々木祥恵

北海道旭川市出身。少女マンガ「ロリィの青春」で乗馬に憧れ、テンポイント骨折のニュースを偶然目にして競馬の世界に引き込まれる。大学卒業後、流転の末に1998年優駿エッセイ賞で次席に入賞。これを機にライター業に転身。以来スポーツ紙、競馬雑誌、クラブ法人会報誌等で執筆。netkeiba.comでは、美浦トレセンニュース等を担当。念願叶って以前から関心があった引退馬の余生について、当コラムで連載中。

関連情報

新着コラム

コラムを探す