大成功に終わった今年のブリーダーズC

2022年11月09日(水) 12:00

フライトラインのラストランなど印象的なシーン多数

 11月4日(金曜日)と5日(土曜日)の両日にわたって、ケンタッキー州のキーンランド競馬場で行われた第39回ブリーダーズCは、興行的に大成功に終わった。

 2日間を通じた馬券売り上げの1億8906万373ドルは、過去最高を記録した前年の1億8290万8409ドルに比べて3.4%の増加だった。前回開催地がキーンランドだった2020年は、1億6047万2893ドルで、これとの比較で言えば18%のジャンプアップとなり、ブリーダーズC史上の新記録となった。

 一方、場内を訪れた入場人員は、金曜日が3万9851人、土曜日が4万5973人の、合計8万5824人だった。コロナ禍での開催だった2020年の数字と比較することは出来ないが、その前にブリーダーズCがキーンランドで行われた2015年は、2日間で9万4652人を集客した。

 キーンランドでのブリーダーズCはそれが初めてで、すなわち、待望久しかった馬産地でのブリーダーズC開催が実現したことに加え、この年は、3冠馬アメリカンフェイローがBCクラシックでグランドスラムに挑むという話題もあって、キーンランドにはキャパシティぎりぎりの観客が押し寄せた。その影響で、レキシントンの街では大渋滞が起きたことを考えると、今年の動員数がキーンランドにおける適正な数値と言えそうである。

 2日間で、芝が7つ、ダートが7つの、合計で14のカテゴリーを網羅するG1が行われたが、芝のレースに関して言えば、2日目のターフスプリント(芝5.5F)を制したカラヴェル(牝5、父ミズンマスト)を唯一の例外として、残りの6レースはヨーロッパからの遠征馬の勝利に終わり、芝におけるヨーロッパ勢の優位性を改めて誇示することになった。

 ひと括りに「ヨーロッパ勢」と書いたが、内実は、チャーリー・アップルビー厩舎が3勝で、エイダン・オブライエン厩舎も3勝の計6勝で、つまりは、ゴドルフィンとクールモアの優位性が実証されたというのが、実態だった。大陸を飛び越えての大掛かりな勝負になると、彼らがもつ組織力がことさらにモノをいうのだろう。

 芝のカテゴリーにおけるハイライトの1つとなったのが、初日の最終戦として行われたG1ジュベナイルターフ(芝8F)だった。勝利したオブライエン厩舎のヴィクトリアロード(牡2)は、サクソンウォリアーの初年度産駒の1頭で、父にとって初めてのG1勝ち馬となったのだ。

 日本産ディープインパクト産駒のサクソンウォリアーは、エイダン・オブラエン厩舎からデビューし、2歳時にG1レーシングポストトロフィー(芝8F)、3歳時にG1英2000ギニー(英8F)に優勝。2019年に種牡馬入りし、2020年に生まれた初年度産駒が、今年2歳となった。

 BC前にG3コンデ賞(芝1800m)を制していたヴィクトリアロード以外にも、G3シルケングライダーS(芝8F)勝ち馬ルミエールロック、G3ミエスク賞(芝1400m)勝ち馬ムーンレイらを送り出していたが、遂に待望のG1勝ち馬が誕生したわけである。

 来春の3歳牡馬クラシック戦線が、ヴィクトリアロード(父サクソンウォリアー)と、G1フューチュリティトロフィー(芝8F)勝ち馬オーギュストロダン(父ディープインパクト)の2頭を軸に展開されれば、欧州クラシックが日本の競馬ファンにとって、ぐっと身近なものになる。

 ダートのカテゴリーにおけるハイライトは、言うまでもなく、G1BCクラシック(d10F)におけるフライトライン(牡4、父タピット)のパフォーマンスだった。

 向こう正面半ば過ぎから、逃げていたライフイズグッド(牡4、父イントゥミスチフ)が、2番手を追走していたフライトラインを突き放しにかかるという、「肉を切らせて骨を断つ」的な、渾身の一手を繰り出した時には場内が騒然となったが、レースがスペクタクルとして面白かったのはここまでで、フライトラインがライフイズグッドを仕留めにかかった3コーナー以降は、すべての目撃者を唖然とさせる、ワンマンライヴとなった。

 BC前までは、来季の現役続行が既定路線のように言われていたのがフライトラインで、実際に、管理調教師のジョン・サドラーは「現役続行派」だったし、同馬を共同で所有する馬主の中にも、調教師と同意見の者が複数いたとされる。だが、関係者が協議の末、このレースをもって現役を退くことが、レース翌日(6日)に発表された。同馬は既に、種牡馬としての供用先となるレーンズエンドファームに到着している。

 共同馬主のひとりであるウェストポイント・サラブレッズのテリー・フィンリー氏が、BCクラシックの模様を見つめる映像が某SNSに上がっていたが、フライトラインが直線に向いて以降の同氏は、歓喜というよりはむしろ、感無量といった面持ちで、無言でコースを見つめる瞳に、じわじわと涙が滲み出ていく様子が映し出されていた。

 聞くところによれば、レース後のサドラー調教師も感涙に咽んでいたそうで、両名ともに、やりきった満足感に包まれたようだ。

 フライトラインの産駒がデビューする2026年まで、競馬を見続けていたいと思う。

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合田直弘

1959年(昭和34年)東京に生まれ。父親が競馬ファンで、週末の午後は必ず茶の間のテレビが競馬中継を映す家庭で育つ。1982年(昭和57年)大学を卒業しテレビ東京に入社。営業局勤務を経てスポーツ局に異動し競馬中継の製作に携わり、1988年(昭和63年)テレビ東京を退社。その後イギリスにて海外競馬に学ぶ日々を過ごし、同年、日本国外の競馬関連業務を行う有限会社「リージェント」を設立。同時期にテレビ・新聞などで解説を始め現在に至る。

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