【俺の暗黒期】「あの落ちっぷり…2016年、17年あたりの俺の話って面白いよな」岩田康誠騎手(1)

2023年01月30日(月) 18:01

yasunari

▲今回のテーマは「俺の暗黒期」(撮影:稲葉訓也)

いよいよ始まる岩田康誠騎手の新連載。初回となる今回は、ジョッキーを辞めようかと思うほど苦しかった2016年、17年を中心とした暗黒の7年間について。

特に2016年はJRA移籍後唯一の重賞未勝利で、スキンヘッド姿が話題になった年。自分の思いとは反対に周りから人がいなくなり、競馬の乗り方すらわからなくなっていく中、2020年4月に京都競馬場で起きた5頭が落馬する事故による大ケガが岩田騎手が目覚めるきっかけに…。

(取材・構成=不破由妃子)

自分に自信がなくなり「岩田康誠もそこまでのレベルか」

──昨年は重賞を8勝。今年も年明け早々AJCCを勝つなど、ここにきて存在感が増していますね。

岩田 どないかして(状況を)ひっくり返したろうと思って、ちょこちょこと地盤を固めてきて…。その成果が、去年の重賞8勝っていう感じやね。30代の頃より乗れてる自覚があるし、今、ホンマに楽しいねん。一時期は、ホンマにジョッキーを辞めようと思っていたから。

──えっ!? 本当ですか?

岩田 うん。ジェンティルドンナの乗り替わり(2013年ジャパンC)からケガ(2020年4月)をするまでやから…、なんやかんや7年間くらい苦しんでた。

──昨年の有馬記念前にジェンティルドンナについての取材をさせていただきましたが、確かに「あの乗り替わりをきっかけに壊れた」とおっしゃってましたね。

◆「あれで俺、壊れたんやから」──岩田康誠を狂わせたジェンティルドンナという超名牝
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▲2012年の三冠牝馬ジェンティルドンナ(c)netkeiba.com

岩田 なんかね、「所詮、岩田康誠もそこまでのレベルやったんやなぁ」と思って、自分に自信がなくなった。それまでは、乗り替わられる側ではなくて、馬が回ってくる側やったけど、それも今思うと、俺が浮いていた(空いていた)だけで。あの頃の俺は、技術もそこまでじゃなかったんやろうな。

 ジェンティルにしても、上手く誘導できなかった。とにかく、あの乗り替わりからずーっとモヤモヤモヤモヤしていて、ずーっとハァハァしていて…。ため息ばっかりついてた。結果はそれなりに出てたんやけどね。まぁいろんな意味で、自分で自分の首を絞めてたところもあるけどやな。

──どういうことですか?

岩田 望来が競馬学校に入ったから、俺ももう一回、一からやり直そうと思って坊主にしたら……。

──あ、スキンヘッド・・・

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岩田康誠

1974年3月12日、兵庫県生まれ。1991年に公営・園田競馬でデビュー。4度の兵庫リーディングに輝き、2004年にはデルタブルースで菊花賞を勝利、地方所属騎手として初の中央クラシック制覇を達成した。2006年にJRAに移籍。2012年にはディープブリランテと日本ダービーを制覇、ロードカナロアとは日本馬初となる香港スプリントを勝利している。歯に衣着せぬ物言いと直線での「イン突き」は常に多くのファンを魅了している。

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