「これまで我慢をさせた」全国トップ調教師がリーディングジョッキーにかけた言葉

2023年02月07日(火) 18:00

先月31日に川崎競馬場で行われた「佐々木竹見カップジョッキーズグランプリ」を優勝したのは、初出場の宮川実騎手(高知)でした。優勝が決まると、吉原寛人騎手が抱き着いて祝福し、遠く高知で見守った所属厩舎の打越勇児調教師は「実(みのる)には我慢もさせてきたから」と喜びました。

全国各地のリーディングジョッキーが集うレースに隠されたドラマとは。「ちょっと馬ニアックな世界」を覗いてみましょう。

「一緒に高知から来て、1位、2位獲ろうねって話していた」

 川崎競馬場で行われた「佐々木竹見カップジョッキーズグランプリ」。

 地方競馬の全国各地のリーディングジョッキーと、JRAの美浦・栗東の各リーディングジョッキーが集って腕を競うレースで、今年は初出場の宮川実騎手(高知)が優勝を果たしました。

「レースで勝っていないのに優勝って、いいのかな?」と戸惑った宮川騎手。

 2レースが行われ、2着、5着と未勝利ながら、ともに上位に入着したことで優勝を手繰り寄せたのでした。

馬ニアックな世界

▲川崎競馬場で行われた「佐々木竹見カップジョッキーズグランプリ」

 これは着順に応じたポイントで優勝を決めるジョッキー戦ではよくあること。

 戸惑う宮川騎手の元に高知競馬で期間限定騎乗中の吉原寛人騎手(金沢)が駆け寄ってきて

「実さん、やったー!今日、一緒に高知から来て『1位、2位を獲ろうね』って話していたから嬉しいです」と抱きつきました。

馬ニアックな世界

▲高知から同じ飛行機で川崎競馬場に来た宮川実騎手(右)と吉原寛人騎手。お互いの健闘を称え合いました。

馬ニアックな世界

▲優勝の宮川実騎手(中央)に抱き着く2位吉原寛人騎手(左)。それを見て「俺も混ぜて」とやってきた3位戸崎圭太騎手(右)。

 そしてもう一人、喜んだのは所属厩舎の打越勇児調教師。

「レースでは勝てませんでしたが、嬉しい限りです。実(みのる)には、厩舎を開業してから辛い思いや我慢をたくさんさせてしまいましたから」と優勝を噛み締めました。

打越勇児調教師の期待に応えリーディングに輝く

 宮川騎手がデビューしたのは打越調教師の父・打越初男厩舎から。

 初男調教師の実家の庭先でポニーを飼っていて、通りがかりに気になって見ていた宮川少年に初男調教師の奥様が声をかけたのが縁で騎手になりました。

 高知初の2000勝ジョッキーでもあった初男調教師の元で早くから頭角を現した宮川騎手。

 その頃、打越調教師も父の厩舎で厩務員として働いていました。

「親父は仕事に厳しくて、『馬を優先しろ』とよく怒られました。あの頃は人間の都合で段取りを優先してしまっていたんです。だけど、今になれば親父が言っていたことも分かります。親父への憧れや尊敬の気持ちも持っていました」と打越調教師。

 それでも、当時は厩務員という立場で今より若かったですから、心の中で反発することもあったかもしれません。

 そうした中、宮川騎手とは「同じ考えや方向性で一緒に競馬に取り組んでいました」と話します。

 ところが転機が訪れます。

 偉大な存在だった初男調教師がお亡くなりになったのです。

「親父からは一度だけ『調教師になったらどうか』と言われたことがありましたが、いつか親父が引退する時に考えたらいいかな、と考える程度」だったといいます。

 しかし、これを機に受け継ぐことを決めて調教師試験を受験。

 2012年に厩舎を開業しました。

 当時、高知競馬はどん底の冬の時代。

 賞金や出走手当は下がり、高知から競走馬も馬主もどんどん消えていく中で打越調教師はゼロから厩舎をスタートさせたのでした。

 そうした中でもコツコツと人脈を広げて馬を集め、成績を残していきました。

 セレクトセールなど地方競馬の調教師の来場が少ないセリでも、高知から足を運びました。

 在厩頭数の少なさや賞金の関係で高知では当時、月に2〜3走するのが主流でしたが、打越調教師は状態に不安があれば休ませる決断もしました。

 その積み重ねの末、高知リーディングが見え始め、開業7年目の18年には初めて地元と地方競馬全国のダブルでリーディングに輝きました。

 しかしその頃、「自分のリーディングや勝ちにこだわるあまり、実に強く当たって辛い思いをさせてしまいました」と話します。

 この年、夏頃までは宮川騎手も高知リーディングに立っていたのですが、徐々に赤岡修次騎手や永森大智騎手が接近。打越厩舎から赤岡騎手への騎乗依頼も、春〜夏はひと月に1桁だったのが、年末が見えてくるにつれて増加と、勝ちにこだわるがゆえの辛い決断をした時期でもありました。

「調教師と騎手の考えの違いで泣かせてしまったこともありました。厩務員の時は同じ方を向いて一緒にやれていたんですけどね」

 ちょっぴり寂しそうに打越調教師は振り返ります。

 この時の宮川騎手に対する後悔が大きくのしかかっていたのでしょう。

 昨年は福永洋一記念を勝ったララメダイユドールや、連戦連勝のグリムやブラックランナーなど厩舎の看板馬をすべて宮川騎手に託しました。

 そして、結果でしっかり応えた宮川騎手。

 リーディング厩舎に所属しているから高知リーディングになれたのではなく、それだけ勝負に厳しい厩舎の期待に応えられるだけの騎乗ができるからこそ、堂々と初の高知リーディングに輝いたのでした。

 佐々木竹見カップのようなリーディングジョッキーが集うジョッキーレースには宮川騎手はこれまでなかなか出場機会に恵まれませんでしたが、昨年、初の高知リーディングに輝いたことでその機会は増えていくでしょう。

 また、佐々木竹見カップでは高知とは逆の左回りコース、それもキツいコーナーで有名な川崎競馬場でしっかり結果を残したのですから、注目度も増していくことと思います。

 これまで苦しい時代も、お互いの思いが通じ合えなかった辛い時も一緒に歩んできた打越調教師と宮川騎手が、今年はさらに輝くシーンを期待しています。

馬ニアックな世界

▲宮川騎手がさらに輝くシーンを期待しています。

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大恵陽子

競馬リポーター。競馬番組のほか、UMAJOセミナー講師やイベントMCも務める。『優駿』『週刊競馬ブック』『Club JRA-Net CAFEブログ』などを執筆。小学5年生からJRAと地方競馬の二刀流。神戸市出身、ホームグラウンドは阪神・園田・栗東。特技は寝ることと馬名しりとり。

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