【小牧親子対談】「あんなに尖ってた自分がこんなに変わるなんて」加矢太騎手の性格を変えた父の姿とは/第3回

2023年02月28日(火) 18:01

太論

▲加矢太騎手、実は昔ツンツンしていた?(撮影:桂伸也)

小牧太騎手・加矢太騎手による親子対談第3弾。加矢太騎手といえば、礼儀正しく穏やかで、いまやすっかりジョッキー界の愛されキャラとして競馬界に馴染んだ印象ですが、馬術選手時代はある意味真逆で、誰も寄せ付けないピリピリした雰囲気をまとっていたそう。「自分でも信じられない」というキャラ変を遂げた加矢太騎手ですが、そこには父・太騎手の影響も大きいようで…。今回も、熱い親子対談から目が離せない!

(取材・文=不破由妃子)

騎手になって初めて知った父の器「俺もそうなりたいなって」

──この話題は『太論』でも取り上げましたが、小牧さん、スクーリングで福島の障害を飛んだんですよね。

 飛んだねぇ。ホンマに飛んだで。

加矢太 あれほど「飛ばんでええ!」って言ったのに…(苦笑)。

 だって、(一緒にスクーリングをしていた)草野(太郎騎手)くんが飛ぶって言うから。それにね、気持ちのいい朝やったんやわ。2頭で馬場にいて、天気がよくて、清々しくて。だから調子に乗ったんやろうね、俺が(笑)。

──スクーリング自体は、加矢太さんがお願いしたんですよね?

加矢太 そうです。僕はほかの競馬場にいたんですけど、福島でスクーリングをしてくれる人がいなくて。それで草野太郎さんと親父に頼んだんです。どちらも僕が作った馬で、草野さんに乗ってもらった馬は絶対に飛ばしておいてほしい馬で、親父に乗ってもらった馬は、バンケットだけやってくれたら飛ばさなくてもよかったのに。草野さんともあとで話したんですけど、親父が飛ぶと言い出したときは、さすがに気が気じゃなかったって。

 一緒に合わせて飛んでくれたからね、彼は。

太論

▲「飛んだねぇ」(撮影:桂伸也)

加矢太 この話って、僕もいろんなところで話すし、親父もいろんなところで話すし、草野さんもいろんなところで話すし、厩務員さんもいろんなところで話すし…。もうトレセンのみーんなが知っている状態で。(小牧さんがスクーリングした馬を管理する)谷先生もおもしろがっちゃって(笑)。

 笹田(和秀調教師)さんにも、「お前、飛んだんか!?」って言われたわ。

加矢太 一時はトレセン内でプチゴシップみたいになってたよ。でも、その話を通して感じたのは、どの人と喋っても、親父は誰からも憎まれず、みんなが親父に対して好意的であること。一緒に生活している頃はわからなかったけど・・・

続きはプレミアムサービス
登録でご覧になれます。

登録済みの方はこちらからログイン

バックナンバーを見る

このコラムをお気に入り登録する

このコラムをお気に入り登録する

お気に入り登録済み

質問募集

このコラムでは、ユーザーからの質問を募集しております。
あなたからコラムニストへの「ぜひ聞きたい!」という質問をお待ちしております。

小牧太

1967年9月7日、鹿児島県生まれ。1985年に公営・園田競馬でデビュー。名伯楽・曾和直榮調教師の元で腕を磨き、10度の兵庫リーディングと2度の全国リーディングを獲得。2004年にJRAに移籍。2008年には桜花賞をレジネッタで制し悲願のGI制覇を遂げた。その後もローズキングダムとのコンビで朝日杯FSを制するなど、今や大舞台には欠かせないジョッキーとして活躍中。

関連情報

新着コラム

コラムを探す