ファンタジストを忘れない

デイリースポーツ

2020年11月24日(火) 12:00

ファンタジスト

 19年11月24日。その日、私は札幌から遊びに来た姉のリクエストに応え、有休をもらって姫路へと向かった。白鷺城を観光し、晩は居酒屋で姫路おでんとひねぽんで一杯…。夕方ごろからやけにスマホがブルブルしているなとは感じていたが、仕事は二の次、姉との時間を最優先した。

 家に帰ったのは午後8時ぐらいだっただろうか。LINEを見ると“ファンタジスト、大丈夫か?”というワードが目に入った。早速、京阪杯の成績を調べると“競走中止”という4文字が-。混乱しながら、梅田厩舎の番記者Aちゃんに連絡すると、彼女は憔悴(しょうすい)していて、うまく会話にならない。ただ、状況から見て“駄目だったんだろうな”というのはすぐに分かった。その後、ネットニュースを見ながら、少しずつ現実を受け入れた。

 翌週の火曜日。私はいの一番に梅田厩舎へ向かった。担当者であり、親友のとぎ屋助手は不在だったが、そこにファンタの姿はなく、馬房には祭壇が設けられていた。あまりにも早く来過ぎたため、厩舎にいたのは古味助手ひとりだけだった。「とぎ屋さんは一頭だけだし、きょうはゆっくり来ると思いますよ」。思わず胸中を吐露した。「かける言葉が見つからないよ」。すると、古味君は「俺は気持ちが痛いほどよく分かる。何も言わなくていいと思います」と言ってくれた。

 そうだ。彼はかつて豪州で非業の死を遂げたアドマイヤラクティを担当していた。彼が十字架を背負っていることを忘れるほど、私は冷静さを欠いていた。

 仕切り直して、2時間後に再び梅田厩舎へ出向くと、作業をしているとぎ屋助手の姿があった。会話を切り出したのは彼からだった。「こればかりは仕方がない」。私は依然、かける言葉が見つからなかった。なので「線香をあげてもいい?」と聞くと、彼に導かれて祭壇に手を合わせた。

 どうか安らかに-。ひざまずき、祈りを捧げているうちに、溢れる涙をこらえきれなかった。すると、後ろから思い切り背中を叩かれて「まっつんが泣いてどないすんねん。泣きたいのは俺の方や!」と怒鳴られた。私は心の中で彼にツッコんだ。「今のあんたの姿を見てるとたまらんのじゃ!」と-。そりゃそうでしょ。あんたは平静を装っているつもりでも、俺が来たときには既に目はパンパンに腫れて真っ赤。ずっと涙を流しながら作業をしているんだから…。

 中年2人でボロ泣きしたあの日からはや1年-。本日24日がファンタジストの命日です。とぎ屋助手は今でも、ファンタの名を出すだけで涙ぐむ。心の傷は深いです。それでも、ホースマンの傷を癒やしてくれるのもまた、サラブレットでしかないんです。彼は今、新たなパートナーと向き合い、日々高みを目指して頑張っています。第三者のわれわれにできることは“元気な姿を忘れないこと”。みなさんの心の中に、短くも熱く燃えたファンタの勇姿を思い浮かべてもらえたら幸いです。

(デイリースポーツ・松浦孝司)

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