意外な歴史がある「北朝鮮の競馬」

2017年10月18日(水) 12:35 0 5

北朝鮮・平壌近郊にある美林乗馬クラブで競馬が開催されたという朝鮮中央通信の報道が話題になった。

金正恩総書記の肝いり政策として近年力を入れているようで、08年頃には既に一部のマニアには知られた存在だった。
馬場の直線はおよそ400m、乗馬クラブ自体も2013年に竣工しているが、ネットでも複数の厩舎棟や屋内乗馬競技場が確認できることから、かなり気合の入った資金投入がなされているのではと推定される。
馬場の南に小型機滑走路があり、そこから競馬場まで続く「謎の屋根付き直通道路」が存在する。この辺はお国柄を色濃く反映しているのだろう。

留学経験のある王族が競馬にハマり、そのまま国策に繋がっていくパターンはもはや常識ではあるが、北朝鮮に関してはやや事情が異なるように思える。平壌はかつて競馬開催が行われていた地域であるという点だ。
日本の植民地であった当時の朝鮮・ソウルにおいて1921年(大正10年)、社団法人朝鮮競馬倶楽部を申請。翌22年に朝鮮総督府が認可。翌年から馬券販売も開始している。
24年から平南レース倶楽部の元で平壌開催が始まっており、市の南東、大同江沿いのソンギョ地域に東洋拓殖から約1万5000坪を借り受けて競馬場が作られたとの文献(機械翻訳だが)が確認できる。

当時日本が国策として軍馬育成を行っていた時期と重なり、朝鮮半島でも最盛期で計9場もの振興競馬が打たれていた。開催日数はそれぞれ原則年2回・1回あたり8日の計16日間。
平壌では昭和5年に馬券売上173,904円との記録があったとの事。当時の平均月収から答えを求めるのは中々難しいのだが、1930年の製造業平均が50円程度、現在日本の製造業平均は年500万円弱なので、単純に12分して40万程度と見れば現在価値のおよそ8000倍という所か。
ということは年間で売上13億9123万円。植民地であることを考慮してしまうと複雑になってしまうので省略するが、現在価値で1日あたり7〜8千万円程度売っていた感覚なのかもしれない。

作家の五木寛之 氏はかつて競馬媒体のインタビューで、「初めて競馬場を訪れたのは戦前父の勤務地であった平壌の競馬場」と語っており、当時の盛り上がりを克明に記憶していたとか。
これらの歴史を見据えて敢えて「国策による競馬」を打ち出しているのであれば、北の将軍様もなかなか侮れないかもしれない。

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