2014年11月05日(水) 18:00 188
トーホウジャッカル
父はスペシャルウィーク、母はトーホウガイア、その父はUnbridled's Songという血統の牡栗毛馬だが、単なる栗毛ではなく、タテガミと尻尾が金色をした「尾花栗毛」である。過去にはトウショウファルコやゴールドシチーなどがこの特徴を持った競走馬として知られており、見た目の美しさからそれだけでも非常に目立つ存在である。
そんな尾花栗毛のニューヒーローが久々に誕生した。トーホウジャッカルの生まれ故郷は日高町の竹島幸治牧場。菊花賞翌日の地元H紙は一面に「日高ミニ牧場からGI馬」という見出しで、同馬の健闘をたたえる囲み記事を掲載していた。ただ、よくよく見ると、スタッフ3人で25頭を管理している、と竹島牧場を紹介している。その翌日の別の地元紙には繁殖牝馬25頭とも明記されており、それが正しいのなら、とても「日高ミニ牧場」などと表現するのは失礼ではないか、と個人的には思う。家族でわずか数頭の繁殖牝馬を飼養管理するスタイルが「日高ミニ牧場」であり、繁殖牝馬25頭という規模はもう立派な中堅牧場と紹介されなければならないだろう。
トーホウジャッカル2歳時の調教風景(撮影は2013年7月)
とはいえ、牧場創設以来、初のGI馬の誕生であり、「大手牧場を抑えての小規模牧場の勝利」(地元H紙)という記述の仕方に、今回の菊花賞制覇を取り上げる姿勢がはっきりと見て取れる。GIの多くが常連ともいうべき大手牧場の生産馬に集中してしまっている現状から、ここぞとばかりに、トーホウジャッカルのレコード勝ちを美談として紹介したいという取材者の気持ちが垣間見える。
もちろん、私とてその気持ちは変わらない。こうして、さまざまな牧場から強い馬が誕生してこそ競馬は盛り上がると信じて疑わないからだ。震災当日が誕生日で、驚異的なレコード勝ち、というだけでも十分にドラマチックな背景だが、デビューしてからわずか149日目での菊花賞制覇という新記録もまた、この馬の個性を形作る。菊花賞で1番人気に押されたワンアンドオンリーが優勝した日本ダービーの前日(5月31日)にデビューし、緒戦は10着、次も9着と振るわなかった。初勝利は7月12日の中京。菊花賞出走も、トライアルの神戸新聞杯3着でようやく権利を得たほどだ。
まさにギリギリのところで本番に間に合ったことになるが、この馬はデビュー前にもうひとつの“ドラマ”を生んでいる。
トーホウジャッカルを育成したのは浦河にある(有)武田ステーブル。かつてメジロ牧場で場長を務め、メジロマックィーン、ライアン、デュレンなど数々の優駿を育成した経歴を持つ武田茂男氏がBTC開場の直後に開いた育成牧場である。
武田ステーブル厩舎壁にある牧場看板
武田ステーブルの外観
アドマイヤコジーン、ファインモーションなどを手掛けた実績もあり、獣医師でもあることから「難しい馬を立て直す」手腕も高く評価されてきた。トーホウジャッカルもまた、そうした馬の1頭だ。武田ステーブルへの入厩は2012年11月2日。その後順調に調教され、年明けにはBTCで運動するようになっていた。
昨春、POG取材に訪れた際には、専務の武田浩典氏(33歳)が、推奨馬のトップバッターとして、この馬の名前を上げていたほどの期待馬に成長していた。
推奨馬のトップバッターとして期待馬に成長していたトーホウジャッカル
ところが、8月。突然、トーホウジャッカルをアクシデントが襲う。ウイルス感染に伴う肺炎と腸炎により、同月2日から20日までの19日間、牧場内にある診療馬房に入院し、治療に専念することになったのだ。浩典氏よれば「肛門は開きっぱなしで、ペニスもダラーンと出てたままでした。かなり重い症状でしたね」とのこと。
その頃、同馬の様子を見に来た谷潔調教師は「もう競走馬にならないのではないか」と思ったはずです、と浩典氏。体重は一気に45キロも落ちた。今回、改めて取材に伺うと、詳細な経過を記したカルテが残されており、いかに大病であったかが克明に記されている。24時間体制で治療に専念できたのも、武田氏が獣医師であったればこそ、である。四肢の浮腫、歩くのも大変な状況から立て直せたのは、トーホウジャッカル自身の生命力の強さと適切な治療が奏功したからこそと言えよう。
調教開始は9月になってからだったが、その後も慎重に時間をかけて調整されてきたため、武田ステーブルから退厩したのは年が明けた今年の1月31日のことだったらしい。
「デビューできた時には、それだけで本当に嬉しかったですね。ホッとしたというか。オーナーも谷先生も本当にじっくりと時間をかけて下さったのが大きかったです」(浩典氏)
武田浩典氏「デビューできた時には、それだけで本当に嬉しかったですね。ホッとしたというか」
尾花栗毛の派手な特徴を持つ馬であったことや、276日という最長クラスの利用日数の馬であったことなどからも、BTCの他の育成牧場スタッフや診療所の獣医師などもこの馬のことを記憶している人が多く、菊花賞制覇の直後は祝福の声がたくさん寄せられたという。
なお、BTC調教馬としては、ゴールドシップの宝塚記念以来のGI制覇で、近隣の育成牧場にとってもトーホウジャッカルの快挙は大きな励みになったはずだ。
育成牧場は、いわば「黒子」のような存在で普段あまり表に出ることのない地味な存在である。しかし、1頭の競走馬が無事にデビューを果たし、出世して目出度くGI馬にまで上り詰める裏には、こうした影の部分で関わる様々な人たちの努力がある。
田中哲実
岩手の怪物トウケイニセイの生産者。 「週刊Gallop」「日経新聞」などで 連載コラムを執筆中。1955年生まれ。