2014年11月26日(水) 12:00 52
創設からわずか10年ほどで、秋の日本を舞台とした国際競走として世界の競馬地図にしっかりとその地位を確立し、その後も外国勢と日本勢が拮抗した力で勝ったり負けたりを繰り返す、言葉を変えれば拠点の異なる競走馬や競馬人が切磋琢磨する舞台となっていたのがジャパンCだった。
ところが、取り巻く環境が2004年頃を境に大きく変わり、ここ10年ほどのジャパンCは外国調教馬の招聘に手こずり、結果も日本勢の圧倒的優位が続いている。
そんな中、今年の外国勢は頭数こそ3頭と多くないものの、それぞれの本国において芝2400m路線の根幹をなすメジャーなレースを制している“ビッグネーム”が揃った。しかも、アイルランド、ドイツ、カナダという、競馬文化の土壌や背景において異なるものを持つ地域からの参戦だけに、国際交流の場としても十二分にその機能を果しうる顔触れになったと言えよう。ましてや今年は、日本勢の陣容がかつてないほど分厚いことが、海外の競馬関係者の間でも話題となっており、世界的な注目度の高いジャパンCとなっている。
成績を見ると、パンパンの良馬場で走ったことが一度もなく、手にしているこの路線における2つのメジャーなタイトル、G1バーデン大賞(芝2400m)とG1バイエルン大賞(芝2400m)の勝ち時計を見ると、前者が2分36秒30で後者が2分38秒33と、ジャパンCの平均的走破タイムと比較すると10秒以上も遅い時計となっている。3頭の中で来日の決定が一番遅かったのも、日本の馬場で真価を発揮出来るかどうか、陣営が最後まで迷っていたから、との情報も聞こえてきている。
だが実績とは裏腹に、血統背景だけを見ると、3頭の中で日本の競馬に適合する要素を最も多く含有しているのが、実はアイヴァンホウである。
アイヴァンホウの父ソルジャーホロウの父は1996年のジャパンC勝ち馬シングスピールを送り出しているインザウィングスだ。そしてそのインザウィングスの母は、第3回ジャパンCに出走し、シェイク・モハメドにとって日本における初めての出走馬となったハイホークである。
アイヴァンホウは更に、父方の4代目にカーリアン、母方の4代目にブラッシンググルームと、外国供用種牡馬の中で日本との相性が殊更に良いとされた2頭を保有している。
こうした潜在的な日本血脈が、環境の変化によって化学反応を起こし、覚醒するようなことになれば、一気に持ち時計を縮めて激走する場面も、あながち無いとは言えないように思う。
過去の成績を見ると、まるでそれを狙って走ってきたかのように、出走したレースの馬場状態には、欧州の中では相当に硬い部類に入るGood to Firm の文字が並んでいる。フットワークも軽く、先行力もあり、そうした中で、G1愛ダービー(芝12F)を2002年以降では最速となる時計で勝利し、ノヴェリストが従来の記録を2秒以上縮める大レコードで快勝したG1キングジョージ6世&クイーンエリザベスS(芝12F)でも、5馬身差の2着を確保して自身もレコードタイムで走破。更に、英国の中では平坦で時計の速いヨークを舞台としたG1インターナショナルSでも、10F路線の強豪デクラレーションオヴウォーの2着を確保しており、実績はなるほど、所有者であるゴドルフィンに14年振りとなるJC参戦を決意させただけのものを残している。
ではその血統はと言うと、父テオフィロこそ、ガリレオの直仔としては異例とも言えるスピードを有した個体だったが、ガリレオからその父サドラーズウェルズに至る父系は、欧州における隆盛ぶりとは対象的に、日本における直仔は全くと言って良いほど動かなかった系譜である。
テオフィロの母の父デインヒルも、世界各地における大成功とは裏腹に、日本における直仔の成績は芳しくなかった種牡馬だし、トレーディングレザーの母の父シンダーもまた、自身も産駒もクラシックディスタンスで真価を発揮する、粘りと底力に長けた典型的欧州タイプの種牡馬である。つまりは、器用さや切れ味といった要素をほとんど見つけることが出来ないのが、トレーディングレザーの血統背景だ。
逆に言えば、この血統構成でジャパンCを勝てば画期的なことで、種牡馬として日本に迎え入れたい個体と言えそうである。
緒戦がオールウェザー、2戦目がダート、3戦目が芝と、路面の異なる3競走で構成されているカナダの3歳3冠において、緒戦のクイーンズプレート(AW10F)で2着となった後、2戦目をスキップして臨んだ3戦目のブリーダーズS(芝12F)を制覇。その後、米国へ遠征し、ベルモントパークのG1ジャマイカH(芝9F)に挑み、ここも見事に快勝。その実績を評価され、13年のカナダ年度代表馬に選出されている。
4歳となった今季も、ウッドバインのG2ニジンスキーS(芝9F)を4馬身差で快勝。ブリーダーズS、ジャマイカH、ニジンスキーSはいずれも、Firm という硬い馬場が舞台で、中でもニジンスキーSの勝ち時計1分45秒74は、トラックレコードに1秒差に迫る優秀なものだった。エンジンがかかると鋭い末脚を使う点も含めて、ここまでの戦績は日本の競馬に合うことを示している。
血統背景は、トップラインの2代目がストームキャットで、父のブルードメアサイヤーがシアトルスルー。母方の3代目にはミスタープロスペクタ-がいて、5代目まで遡るとトムフールやギャラントマンの名前まで登場するという、典型的なアメリカンである。
母の父シーキングザゴールドは、日本の芝でも複数のA級馬を出した種牡馬だし、父ストーミーアトランティックの母系を遡ると、欧州の超名門で、日本でもエルコンドルパサーという巨魁の他、テレグノシスの祖ともなっているラフショッドに辿りつくから、日本で大駆けしても不思議ではない要素を持った馬と言えそうだ。
常識的に考えれば、今年のジャパンCで外国勢が日本馬を撃破するのは至難の業かもしれない。超強力な日本勢の中で、果して誰が勝者の座に就くのか、妄想するだけでも興奮してくる。
だが、常識が覆され、不可能と言われた大逆転が起きる場面が、幾度も展開されてきたのが競馬だ。外国勢3騎が、日曜日の府中で我々を仰天させてくれる場面も、少しだけ想像しながらその時を待ちたいと思う。
合田直弘
1959年(昭和34年)東京に生まれ。父親が競馬ファンで、週末の午後は必ず茶の間のテレビが競馬中継を映す家庭で育つ。1982年(昭和57年)大学を卒業しテレビ東京に入社。営業局勤務を経てスポーツ局に異動し競馬中継の製作に携わり、1988年(昭和63年)テレビ東京を退社。その後イギリスにて海外競馬に学ぶ日々を過ごし、同年、日本国外の競馬関連業務を行う有限会社「リージェント」を設立。同時期にテレビ・新聞などで解説を始め現在に至る。