2015年04月06日(月) 18:01 33
【前回までのあらすじ】
容貌魁偉の調教師・徳田伊次郎、32歳。亡き父の跡を継ぎ、南関東で厩舎を構えている。厩舎は三流で、従業員は無気力。伊次郎は、スタッフの意識を変えるべく動き出した。手始めに病院に行かせたベテラン厩務員のセンさんが5日ぶりに厩舎に顔を出し、検査結果を報告した。
センさんから受けとった検査結果の用紙を見て、伊次郎がつぶやいた。
「やっぱり、そうだったのか」
「若先生はわかってたのか」とセンさん。
「ああ。センさんは、昔から、一年中、妙なクシャミばかりしてたじゃないか」
「一体なんの病気なんだ? おれたちにも教えてくれよ」と唇を尖らせた宇野に、センさんが言った。
「我ァ、馬アレルギーなんだってよ」
「馬アレルギー!?」と宇野とゆり子が同時に声を上げた。
「んだ。馬の毛やフケにアレルギーがあるすけ、鼻水が出て、クシャミが止まらなくなったんだべさ」
「厩務員が馬アレルギーって……」と、ゆり子。センさんが言った。
「医者が言ってたども、シャンプーアレルギーの美容師とか、金属アレルギーの宝石職人とか、我ァみたいに、仕事でさわるもんにアレルギーがある人って、けっこういるらしいべさ」
「で、センさんは、薬を処方してもらったのか」と宇野が訊くと、センさんは「んだ」と頷いた。
確かに、きょうのセンさんは、「ウェーク、ション」という、いつものクシャミをまったくしていない。白髪頭が黒くなったことに加え、目も鼻もショボショボしなくなったから、顔つきまで締まって見えるのか。
「そのメガネとスーツはなんの意味があるんだよ」と宇野が訊くと・・・
島田明宏
作家。1964年札幌生まれ。ノンフィクションや小説、エッセイなどを、Number、週刊ギャロップ、優駿ほかに寄稿。好きなアスリートは武豊と小林誠司。馬券は単複と馬連がほとんど。趣味は読書と読売巨人軍の応援。ワンフィンガーのビールで卒倒する下戸。著書に『誰も書かなかった武豊 決断』など多数。『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡』で2011年度JRA賞馬事文化賞、小説「下総御料牧場の春」で第26回さきがけ文学賞選奨を受賞。最新刊はテレビドラマ原作小説『絆~走れ奇跡の子馬』。
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