2015年05月13日(水) 18:00 53
セレクトセールの写真をなぜこんなに早い時期に撮らなければならないのかというと、今月中に、上場馬選定委員会が開催され、そこで合否が決定するからである。その際に、立ち写真(横、前、後)が参考資料として必要になるのである。と、同時に、横写真は上場が決定した場合に、名簿に添付されるカタログ写真としても使用される。
ところが、1歳馬ならばさておき、当歳馬の場合は、生まれて間もないようなのも少なくないので、撮影には当然のことながらかなりの手間がかかってしまう。個体差もあるとはいえ、概ね1カ月以内であればその手間は倍加する。
まず片時もじっとしていない。立ち上がり、後ずさりし、左右に動き、我がままそのものである。中には、予定日より大幅に出産が遅れてしまい、誕生後数日くらいで撮る羽目になったような当歳馬も過去にはいた。そうなると、もうまともな立ち姿は望み薄で、かなり不本意な出来栄えにならざるを得なかった。
幸い、今年はそこまで幼い当歳馬こそいなかったものの、しかし、苦労することに変わりはない。撮影場所に現れた段階でテンションが高く、大暴れしているような当歳馬は、しばらく遊ばせて“疲れる”のを待つしかない。そうなると、少なくとも30分~1時間くらいは平気で経ってしまう。当歳馬の場合はたいていいつも長期戦を覚悟しなければならない。
何もこんな時期からセリに出さなくとも良いのに・・・・と言うなかれ。牧場にはそれぞれ「家庭の事情」があり、例えば、1歳世代の売り物が少なかったりすると、目ぼしい当歳馬もセリに出して収入増を図りたいというような思惑もあったりする。また、馬主が牧場に預けている繁殖牝馬の産駒をセリに出して欲しいと依頼されるケースもある。
そして、現在のところ、当歳市場はセレクトセールのみとなっており、当歳で売りたければセレクトに申し込むしかない。以前は日高でも当歳市場が開催されていた(セレクションやオータムなど)時代もあったが、売却率の低さなどがネックになり2013年のオータムセールを最後に休止に追い込まれている。
しかし、セレクトセールとなると、とりわけ日高の家族経営規模の牧場にとっては負担が大きい。まず人手をどう確保するかという問題がある。生まれの早い当歳馬の場合、セリ当日までに離乳を済ませて、当歳馬だけを連れて行くケースもないわけではないが、数は少ない。普通の場合は、たいてい親子一緒にセリ会場入りすることになる。
そうなれば、親子それぞれに1人ずつ、「持ち手」が必要になる。理想的には、何かあった際にすぐ対処できるように、もう1人、計3人いれば安心である。
だが、このセリ当日だけの人員確保が難しい。加えて、一家の大黒柱がセリに出かけた後の留守番をどうするか、という問題も残る。複数の従業員でもいれば良いが、家族経営で実質夫婦2人しか働き手のいない牧場などは、まずセリに馬を連れて行くだけでもとんでもない大仕事になるわけだ。
昭和の頃には、まだ隣近所に「ちょっと手伝ってくれ」と頼めるような若者が多数いたので、それほど人手の確保には苦労しなかった。しかし、今は相対的に高齢化と後継者不足が進み、こういう場合に手助けしてもらえそうな若者が払底してきている。
こうした時代背景から、日高では、セリ上場馬を預かり仕上げて上場までを代行するコンサイナーが増えてきたわけだが、それも1歳馬のみで、当歳馬はまず生産牧場自らが連れて行かねばならない。当歳市場は、とりわけ家族経営規模の牧場にとっては思いの外ハードルが高いのである。
さて、日高の隅々まで知っているわけではないのだが、私のつたない経験からひとつ気になっていることがある。それは、家族経営の小規模牧場ほど、撮影場所に窮する場合が多いということ。平らな背景の抜けた場所がベスト、とされるが、これがなかなか難しい。微妙に傾斜があったり、バックに隣の牧場の倒れかかった倉庫が写り込んでしまったりというようなところが少なくない。公道のアスファルト上に立たせて撮らざるを得ないような牧場も結構多くある。高額商品を最も美しく見せられる場所を普段から用意しておくことは必要である。理想的には、4~5メートル四方くらいのインターロッキングでできた「お立ち台」か、さもなくば、水平な短く刈り込まれた芝生スペースなどがあれば良いが、それにはお金も手間もかかるので誰でも簡単にできることではない。しかし、自分の牧場の中で、どの展示場所が最も望ましいかを常日頃から考えておいた方が良いと思う。それだけで馬の値段が変わって来ることも大いにあり得るからだ。
田中哲実
岩手の怪物トウケイニセイの生産者。 「週刊Gallop」「日経新聞」などで 連載コラムを執筆中。1955年生まれ。