2018年02月26日(月) 12:01 44
▲キタサンブラックのパートナーとして一躍有名となった黒岩騎手、その素顔とは
昨年末の有馬記念で、見事有終の美を飾ったキタサンブラック。JRAのGI7勝は、史上最多タイ記録。輝かしい活躍を祝う引退セレモニーの場に、武豊騎手らと共に姿を見せたジョッキーがいました。黒岩悠騎手 ―デビュー前からキタサンブラックの調教を担当。彼の存在がなかったらここまでの活躍はなかったかもしれない、と言っても過言ではありません。NHKでも取り上げられ、一躍有名になった黒岩騎手の素顔に迫ります。(取材:東奈緒美)
東 今日はデビューのきっかけや3年目の大ケガ、清水久詞調教師との出会いからキタサンブラックとの思い出まで、いろいろ伺っていきたいと思っています。キタサンブラックについては、何度も同じことを聞かれたりして…、飽きてしまったかもしれませんが(苦笑)。
黒岩 そんなことないですよ。理由があっての取材なので、何回でも喋ります。ちょっと機械的になっているところはあるかもしれませんが(苦笑)。
東 わかりました(笑)。では、さっそくですが、ジョッキーを目指したきっかけは、お父さまに高知競馬場に連れて行ってもらったことだそうですね。
黒岩 はい。冬休みなどの長い休みを中心に、年に数回は行っていたと思います。小学校低学年…、いや、たぶんそれ以前から行っていたはずです。でも、当時は遊具に夢中で(笑)。“ふわふわコアラ”だったかな、あれを目当てに行っていた感じです。だから正直、競馬のイメージはそんなにないんですよね。とくに興味もなかったというか。
東 遊具で遊びながら、「あ、お馬さんもいるんやぁ」みたいな。
黒岩 そうそう、まさにそんな感じでした(笑)。
▲「地元の高知競馬場に連れて行ってもらってたけど、最初は競馬に興味がなかった」と黒岩騎手
東 ジョッキーを目指そうと思ったのはいつ頃からですか?
黒岩 中学生になったら親父と一緒に予想するようになって、それで競馬自体が面白くなって。まぁほとんど当たらなかったような覚えがありますが(苦笑)。でも、当時一番なりたかったのは野球選手だったんです。あと、頭のなかにあったのは、親がコックだったこともあって調理師とか。とりあえず、高校、大学と進んで行くのは嫌だなっていうのはありました。・・・
東奈緒美・赤見千尋
東奈緒美 1983年1月2日生まれ、三重県出身。タレントとして関西圏を中心にテレビやCMで活躍中。グリーンチャンネル「トレセンリポート」のレギュラーリポーターを務めたことで、競馬に興味を抱き、また多くの競馬関係者との交流を深めている。
赤見千尋 1978年2月2日生まれ、群馬県出身。98年10月に公営高崎競馬の騎手としてデビュー。以来、高崎競馬廃止の05年1月まで騎乗を続けた。通算成績は2033戦91勝。引退後は、グリーンチャンネル「トレセンTIME」の美浦リポーターを担当したほか、KBS京都「競馬展望プラス」MC、秋田書店「プレイコミック」で連載した「優駿の門・ASUMI」の原作を手掛けるなど幅広く活躍。