2020年09月08日(火) 18:00
青空の元のんびり過ごすバンダムテスコ(提供:ヒポクリニック)
例え目が見えなくても、馬は自分の居場所や周囲の状況を把握することができる。バンダムテスコがヒポクリニックに入厩して以来、およそ3か月の間の観察で十分理解した。と同時に、人が適切に関わっていけば、全盲であっても馬は命を繋いでいけるということもわかった。ヒポクリニックの代表で獣医でもある小泉さんも、
「完歩でいろんなところを探っているのでしょうかね。馬房の中に入ると壁スレスレの所でピタッと止まりますし、水桶がどこにあるとか、飼い葉桶や草がどこにあるのかもわかっています。丸馬場だけではなく、馬に乗る広めの馬場も完歩で覚えているように感じます」
とテスコについて説明してくれた。
最近もしかすると、“右目にほんの少し光が入ってきているのでは”とも感じるシーンに出くわすようになったという。
「場所に慣れてきたせいもあると思うのですが、ここ1か月くらい雰囲気が変わってきたんですよ。もしかすると右目が光を感じているんじゃないかという仕草を見せることが増えてきました。馬場に放牧してタタタッと走っていたかと思うと、特に探るわけではなく馬場の隅に生えている草を食べ始めたりということもありました。環境に慣れて、馬場にも慣れてきたのもあると思うのですが、スタッフの貝塚とも、ここ1か月雰囲気変わってきているよねと、光を感じているのではないかなという話はしています」
最近雰囲気が変わってきた“もしかして光を感じている?”(提供:ヒポクリニック)
私が接した時も、右側の顔をこちらに傾けてくるような仕草は確かにあった。ただ基本的には声や匂いでこちらを探っていて、見えているというよりは、光がほんの少し入ってきている程度なのではないかという印象を受けた。
テスコの1日は朝飼いから始まる。
「毎日ほぼ同じ時間に飼い葉をあげて、その後1時間休ませてから運動を開始というのが通常のパターンですね」 入厩当初は小泉さんも貝塚さんも手探り状態ではあったはずだが、運動に関しては疝痛予防など健康維持のためにウォーキングマシンから始めた。
「ウォーキングマシンに自分で入れるようにという馴致をかねて、人が一緒にマシンに入って30分テスコと一緒に歩いています。あとは貝塚が休みの2日間は、放牧してみたり、他の子と一緒にしてみたり、どんな音の拾い方をするのかなというのを、遊びながらいろいろと試しています」
■馬場で気持ちよさそうにスヤスヤ…zzZ(提供:ヒポクリニック)
最近、テスコには友達ができた。7月半ば過ぎにやって来た中間種とサラブレッドを父母に持つ幸馬(こうま)だ。
「幸馬君と気が合って、一緒に放牧ができるようになりました。幸馬は以前いた牧場で生まれたのが3か月しか違わない馬と一緒に放牧されていたので、年頃が近いテスコに対しては、同じような感覚があるのかもしれないですね。一緒にじゃれあったり、幸馬が走る後ろをテスコがついていったりとかして、遊んでいますよ。2頭ともすごく距離が近いんですよね。真横にピッタリくっついたり、お腹の下の草を食べたり。グルーミングも2頭でコリコリし合っていますし、お尻の上に顔を乗せたりもしています(笑)」
こんなエピソードを聞くと、若いテスコに気の合う仲間ができて本当に良かったとつくづく思う。また幸馬も、目が見えないテスコを区別することなく自然体で接し、テスコもそれに当たり前のように応えている。2頭にとってそれは特別なことではないのかもしれない。だがいざ人間同士が同じ場面に出くわすと、構えてしまってうまくコミュニケーションが取れない場合が多々あるように思う。動物の持つ力というのは人間は足元にも及ばない。2頭の関係を知って、改めて感じた。
また認定NPO法人引退馬協会のフォスターペアレント会員さんも訪ねてきて、テスコと触れ合っている。キリシマノホシがまだヒポクリニックに在厩時にも、会員さんが訪ねてきたのだが、人懐っこいテスコは、会員さんに顔を寄せて甘えて、もてなし上手なところを披露していた。多分会員さんもテスコの虜になったのではないだろうかと想像している。
ヒポクリニックにテスコが仲間入りして、5か月弱。今ではすっかり場に馴染んで、馬房でも馬場でもかなりリラックスするようになってきたという。馬場で眠るテスコ、そして馬房でくつろぐテスコ。そのどれもが愛おしい姿だ。
馬房でくつろぐテスコ(提供:ヒポクリニック)
ヤンチャで暴れん坊だったテスコが、光を失ったことで人を頼るようになり、そのハンデを感じさせずに毎日を生きている。そんなテスコの可能性はさらに広がりつつあるのだった。
(つづく)
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佐々木祥恵
北海道旭川市出身。少女マンガ「ロリィの青春」で乗馬に憧れ、テンポイント骨折のニュースを偶然目にして競馬の世界に引き込まれる。大学卒業後、流転の末に1998年優駿エッセイ賞で次席に入賞。これを機にライター業に転身。以来スポーツ紙、競馬雑誌、クラブ法人会報誌等で執筆。netkeiba.comでは、美浦トレセンニュース等を担当。念願叶って以前から関心があった引退馬の余生について、当コラムで連載中。
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バンダムテスコの全成績と掲示板
コラム
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