2020年11月19日(木) 12:00 56
本稿を愛読してくださっているみなさんのおかげで、前々回と前回の注目数が水準以上に達した。
実を言うと、ハゲの治療として、リアップを塗布するほか、毎日イワシの缶詰をひと缶食べるようになった。前回触れた「我が家」の坪倉由幸さんがテレビの企画で2カ月半ほどイワシの缶詰を食べつづけたところ、それなりに効果があったという。なので、それを9月の頭から真似ている。イワシの缶詰に豊富に含まれるEPA(エイコサペンタエン酸)に育毛効果があるらしい。
かくして、私のリアップ生活は15週間、イワシ缶生活は11週間になろうとしている。
で、私の頭頂部の「今ココ」は、初期脱毛が始まる前の水準にどうにか戻り、そこから立ち直ろうとしているあたり、である。
2カ月ほど前、治療用のヘアスタイルにするため理髪店に行ったとき、いつも担当してくれているガッキー君の驚いた顔が今も忘れられない。初期脱毛が一番ひどかった時期で、その前に切ったときからひと月半ほどしか経っていないのに、どうしてこんなに薄くなったのかと、ショックを受けてくれたようだ。
あのまま終わっていたら目も当てられないところだったが、あのころよりは、間違いなく頭頂部の毛は増えている。
私は大正製薬の回し者ではないが、イワシ缶との合わせ技で、リアップは確かに効いていると思う。
もうひとつ恥ずかしい告白をすると、バナー写真を見ておわかりのように、私は、眉の外側がかなり薄くなっている。ネットに、リアップと同じミノキシジルを含む発毛剤を眉に塗ったら濃くなったと書いている人がいたので、私も、9月の終わりごろからやってみた。
すると、2週間ほどで驚きの結果が出た。
眉の外側にだけ塗っていたのに、眉の真ん中あたり、ちょうど黒目の真上の眉毛が抜けはじめたのだ。普通の人の眉は2本だが、私の眉は左右それぞれが分断され、4本になってしまった。さすがに焦って、眉にリアップを塗るのをやめた。頭髪には女性ホルモン、眉毛やヒゲには男性ホルモンが作用するとかで、同じものを使ってはダメらしい。
しばらくの間、外出するときは眉の途切れた部分をアイブローで塗りつぶしてごまかしていたのだが、先週あたりから、ようやく眉がつながりはじめた。コロナ禍で唯一よかったのは、眉が4本になっていた間、あまり人に会わずに済んだことだ。
ひとつの薬剤で頭髪と眉毛のダブル発毛を目指すなど、欲を出すとロクなことがない。同じ悩みを持つ人も、これは真似しないほうがいい。
大学病院から父を退院させて、今、札幌の実家でこれを書いている。主治医からは「これからは、お父さんと過ごすことのできる、最後の貴重な時間だと思ってください」と言われている。
父は帰宅できて喜んでいるのだが、横で支えなければつたい歩きをすることもできなくなり、介助なしでは用を足すこともできなくなった。また、入院中であっても欠かすことのない習慣になっていた日記を、ここ数日はまともに書くことができていない。肝臓と胆管の癌に、体力と気力を相当奪われているようだ。
元気だったころの父は、大学ノートに、体温を測ったり、トイレに行ったりするたびにその時間を記すほか、昼は何を食べて、どのヘルパーが何時に来て、息子が何を買って来て……と細かい字でびっしり書いていたのだが、さっき今日のぶんを見たら1行だけだった。それもミミズの這ったような字で、ほとんど判読できない。しゃべっているぶんには知力の衰えはさほど感じられないのだが、意思をアウトプットする力が少しずつ弱くなっていることを、その文字が示している。
父の日記は、それを読み返すことで、物忘れのひどい自身の記憶を喚起するためのものだった。本人には余命について伝えていないのだが、死期が近いことを悟って、記録を残すことに意味を見いだせなくなっているのかもしれない。
病の力というのは、嫌になるほど強い。
これからしばらくの間は基本的に札幌にいて、取材や調べ物があるときだけ東京に戻る形になる。
今、日本初の民間洋式牧場である廣澤牧場について、あらためて調べている。会津藩士の廣澤安任(やすとう)が明治5(1872)年に創設した、青森の三沢にあった牧場である。日本初の官営洋式牧場である新冠御料牧場の前身がつくられたのも同じ明治5年だった。
官民の大型洋式牧場が同じ時期に創設されたのが興味深い。
と、ここに「官民」と書いたように、普通は「官」「民」の順で記し、「民官」とは書かない。
同じように、「雌雄を決する」は「雄雌」とは書かないし、「男女同権」は「女男」とは書かない。
しかし、馬の「牝牡(ひんぼ)」に関しては、「牡牝」と書いて「おすめす」と読ませる媒体がほとんどだ。「牝牡」は辞書に載っている言葉だが、「牡牝」は私の知る限りでは載っていない。
せっかく「牝牡」という日本語があるのだから、そう記すほうがいいと思うのだが、あまり言うと煩がられるので、このくらいにしておく。
11月29日のジャパンカップで、牝牡の三冠馬3頭が激突することになった。マイルチャンピオンシップも、グランアレグリア、インディチャンプ、サリオスという牝牡の三強だ。楽しみがあるというのは大きな救いでもあると、つくづく思う。
島田明宏
作家。1964年札幌生まれ。Number、優駿、うまレターほかに寄稿。著書に『誰も書かなかった武豊 決断』『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡』(2011年度JRA賞馬事文化賞受賞作)など多数。netkeiba初出の小説『絆~走れ奇跡の子馬~』が2017年にドラマ化された。最新刊は競馬ミステリーシリーズ第6弾『ブリーダーズ・ロマン』。プロフィールイラストはよしだみほ画伯。バナーのポートレート撮影は桂伸也カメラマン。
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