課題は山積み! 第二の夢は叶うのか?|名伯楽・角居勝彦の挑戦 3/4

2022年10月17日(月) 12:00

歴史的名牝ウオッカをはじめ、種牡馬としても活躍中のエピファネイアやルーラーシップ、国外でも活躍したヴィクトワールピサやデルタブルースなど、数々の名馬を管理してきた角居勝彦元調教師。2021年に調教師を早期引退すると、家業を継ぐとともに地元・石川県で引退馬支援の活動を開始した。調教師として多くの馬と触れ合い、多くの夢を掴み取った名伯楽の目には、今、どのような第二の夢が映っているのだろうか──。

今回は石川県の能登半島で過ごす角居さんに、自身の掲げる引退馬支援への想い・ビジョンを伺ってきた。

取材協力:
角居 勝彦(みんなの馬株式会社 COO)
一般財団法人ホースコミュニティ
タイニーズファーム

文:秀間 翔哉

デザイン:椎葉 権成

協力:緒方 きしん

取材・監修:平林 健一

著作:Creem Pan

引退馬問題における3つの課題

Loveuma

石川県能登半島・タイニーズファームの地図(株式会社Creem Pan 作成)

 現在、角居さんが暮らす輪島市は漁師町であり、漆塗りという特有の産業もあって町全体が凝縮しているが、タイニーズファームのある珠洲市は住宅も点々としていて、馬にとっては生活のしやすいエリアだ。鉢ヶ崎海岸へのアクセスも良く、近くには見晴らしの良いロケーションもあるため、馬を置いておくにはとても魅力的なのだという。

 ​冒頭でも少し触れた通り、多くの問題が絡み合っているこの引退馬問題について、角居さんは、引退馬を受け入れる場所の問題と運営していくための資金面の問題、最後にそれを維持して円滑に回していくだけの人材不足の問題という3点を課題として捉えている。それらの課題を前に進めていくためには一体どのようにしていったらいいのだろうか。場所の問題については、角居さんがそうしたように土地が余っている場所を見つけて上手く活用していくということが重要になってくる。

「必ずしも水が水道から出ないといけないわけでも、電気が必要なわけでもありません。草はそこらに生えているし、馬は建物が無くても林の中に逃げ込むだけで雨を避けられるような環境を自分達で作っていくことができます。馬を触っている人たちが思っている以上に、馬は──サラブレッドは、強いんです。そのことがわかれば、少しずつ環境面でのハードルを下げていけると思います」

 最終的には草が生い茂った状態のところに馬を放牧し、サラブレッドはどのような土地環境まで耐えて、草地化する技術があるのかというのを見ながら、馬がなるべく野生化した自然体で生きる状態を作っていくことを目指している。

Loveuma

タイニーズファームの厩舎(株式会社Creem Pan)

 実際、タイニーズファームの厩舎の扉は基本的には全てオープンにしていて、馬自身が自由に草を食べに出て、天気の都合で自由に厩舎に戻って来られる環境をつくってある。そうして場所を確保できたとして、今度はお金を生み出していく方法を見つけていかなければいけない。現代社会においては、クラウドファンディングの利用やSNSでの情報の拡散など、これらの活動自体を多くの人たちに可視化できるネット環境が整備されてきた。

「日常に『今日の馬はこんなことをしました、あんなことしました』というのをアップするだけで見てくれる人がいるというのは、今の時代の強みかなと思うので、そこから色んなインフルエンサーを作って、『じゃあそこに行ってみたい』と思わせていけるかが重要ですね」

 インフルエンサーといえば、yogiboヴェルサイユリゾートファームがyogibo株式会社とスポンサード契約を結んだ他、同牧場の繋養馬であるアドマイヤジャパンが正式にCM契約を締結したことで大きな話題を呼んだが、そのようにネットを駆使しながら引退馬自身がお金を生み出していく仕組みをさらに拡大していくことが重要になってくる。

 岩手県八幡平市にあるジオファーム八幡平で取り組まれている馬堆肥を使ったマッシュルーム栽培のような馬と農業をリンクさせて目指す経済的な自立も、魅力的な事業のひとつ。もちろんホーストラストの目指す形、yogiboヴェルサイユリゾートファームが目指す形、そしてジオファームが目指す形のどれが正解で、どれが間違いなどということは全くない。

「これら3つの形が“組み合わさっていく”というのが大事なテーマだと思います。それが行政に評価されるところまでいくことで、過疎化が進んだ何も仕事として成り立たない地域にも馬を送り込んでいくことができるようになれば、より早く多くの馬の行き先が生まれてくるのではないかと思っています」

「動物取扱責任者」というライセンス

Loveuma

石川県移住後の角居勝彦さん(一般財団法人ホースコミュニティ 提供)

 人材面では、法律やルールの課題も残されている。観光事業としてたくさんの人に利用してもらうとなると、「動物取扱責任者」というライセンスが必要になる。このライセンスの取得に必要な条件には獣医師免許や愛玩動物看護師であったり、その他の国家資格を持っていることに加えて実務経験が必要であったりするわけなのだが、競馬関係者はそのどれにも当てはまらないのだという。

「JRAの調教師として20年も馬に触っていたのに、『動物取扱責任者取れますか』って聞いたら『取れません』って言われたんですよ。じゃあ今から犬猫の学校行くのかと。『乗馬クラブだって今から僕に実務経験積ませてくれって言っても多分嫌だって言うと思うんですが……』って言ったら『ん〜……』って言われてしまって(苦笑)」

 馬を、まして競馬あがりのサラブレッドを扱える人材をすぐに育成するのはかなり困難だ。しかし、競馬サークルでは角居さんのような調教師をはじめ、騎手、厩務員から毎年100人近くの退職者が出ることになる。競馬場から出る人材が引退馬の余生のために色々な地域に指導者として散らばることができれば、より円滑に引退馬支援の輪を広げていけるはずだ。もちろん馬は猫や犬とは異なり、大型動物であり、一般の環境にありふれた動物でもない。そのため、複数頭を飼育している環境下で急に馬を扱える当事者がいなくなってしまえば、一気にパニックに陥ることも事実だ。その点を考えれば、動物取扱責任者が必要ないとは言えない。しかし逆に言えば、その動物取扱責任者は馬を扱った経験のある人であることが好ましいとも言える。

「どれだけ犬猫の学校を出たって馬の世話に直結するわけではないですからね。逆に競馬サークルから定年退職で出たシルバー人材でも、実務経験があれば、馬に限って動物取扱責任者のライセンスを渡してもらえることで、全国に馬が散らばって普及していくことへのハードルも少し下がるんじゃないかな、と思っています」​

【記事監修】引退馬問題専門メディアサイト

(次回へつづく)

バックナンバーを見る

このコラムをお気に入り登録する

このコラムをお気に入り登録する

お気に入り登録済み

Loveuma.(ラヴーマ)

引退した競走馬の多くは、天寿を全うする前に、その生涯を終えているー。業界内で長らく暗黙の了解とされてきた“引退馬問題”。この問題に「答え」はあるのか?Loveuma.は、人と馬の“今”を知り、引退馬問題を考えるメディアサイトです。

関連情報

新着コラム

コラムを探す