2024年10月30日(水) 18:00
▲愛馬ミントと仲嶺美波さん(提供:Horse Space 紡)
『Horse Space 紡』を運営する仲嶺美波さんは、元々は医療関係の仕事をしていた。
「知人に連れられて競馬場に行ったのがきっかけで、乗馬クラブに通うようになりました」
馬術競技会にも出場するほど夢中になった。だが幾度となく脚元の故障や不調で休養する馬たちを目の当たりにして、馬たちの犠牲の上で競技をすることに疑問を感じた。馬と距離を置いた時期もあったという。
そんなある日、仲嶺さんが以前籍を置いていた乗馬クラブからミント(前回も登場)という馬がいなくなったと友人から知らされた。
ミントはクラブ会員の練習用の馬として活躍していたが、精神的に不安定になり噛みついたり蹴ったりと人に怪我を負わせたり、蹄が悪くレッスンを休んでいたこともあった。仲嶺さんはクラブを退会した後も、ミントのことがずっと気になっていた。
ミントのようにレッスンに出られなかったり、人に危害をもたらすような馬は、乗馬クラブの経営を圧迫しかねない。それならコンスタントにレッスンに使える健康で乗りやすい馬を新たに入れた方が良い。残酷に聞こえるが、乗馬クラブを運営していくには馬の入れ替えは仕方がないこととも言える。それ故、蹄の故障を抱え、精神的に不安定なミントに新たな行き先が見つかる可能性は高くはないはずだ。クラブ会員の友人がいろいろ調べてくれて、幸い行方不明になる前にミントの居所が判明。仲嶺さんはミントを引き取ったのだった。
だが、再びミントに乗りたいと考えて預けた先でミントの蹄は再び悪化し、騎乗できなくなった。
「乗ることだけに固執していてはミントの命を守れない」
ミントの状態が、仲嶺さんの気持ちに変化をもたらした。この思いが、Horse Space 紡を開く最初の一歩になったと言ってもいいだろう。
▲愛くるしい表情をみせるミント(提供:Horse Space 紡)
その後、仲嶺さんはミントを誰かに預けるのではなく一緒に暮らせるようになりたいと、勉強を重ね経験を積んだ。蹄の病だけではなく、乗馬クラブ時代に人を噛んだり蹴ったりしていたように病んでいた心に向き合い、心身のケアにも力を入れた。その結果、人間を怖がらず穏やかな馬になった。
ミントの変化を目の当たりにした仲嶺さんは、「時間をかけてケアをしてあげられれば、ミントのように心身の不調で人を乗せることができなくなった馬たちも乗馬として長く活躍することができるのではないか」と考えるようになり、自らの手でそのような場所を作りたいと思い描いていたところ、2017年にミントの預託先の牧場が閉鎖。そこにいた馬全頭とともに埼玉県羽生市に引っ越しをしてHorse Space 紡がオープンした。
紡では通常の乗馬クラブのように馬に乗ることもできる。だが「ホースケア会員」という馬には乗らない会員制度もある。
「ケア会員さんは、馬のケアや引き馬、グランドワークなどを学んでいます」
筆者は高校時代に乗馬クラブに通っていたが、暴走されたり落馬したりするたびに乗るのが怖くなった。それがクラブを辞める理由になったものの、馬とは触れ合いたくて仕方なかった。もしその当時にホースケア会員なるものがあれば迷わず会員になっていただろう。世の中には筆者のような人や、乗るのに抵抗のある人、乗馬は敷居が高いと思っている人が結構いると思う。その中には、馬と触れ合ったり、お手入れをしたり、馬房の掃除ならやってみたいという人がいるはずだ。だから紡にその制度があると知った時には、画期的な試みだと嬉しくなった。
「この制度にはまだ様々な課題もある」と仲嶺さんは話すが、このような会員制度が広まれば心身に故障を抱えた馬でも人を乗せる以外の仕事ができて、馬の生きる道の選択肢が増えることになり、これまで以上にたくさんの馬の命が繋がっていく可能性が大きくなるはずだ。
▲Horse Space 紡のメイン厩舎(提供:Horse Space 紡)
羽生市で6年ほど馬たちのための活動をしてきた紡が、更に良い環境を求めて、今年3月に埼玉県越生町に移動した。その際には敷地内や施設の整備費用を募るクラウドファンディングを行い成功させた。前回詳述したが、現在は安全な放牧地に馬を放したいと牧柵工事を再度するための費用を募る2回目のクラファン(10月31日午後11時まで)に挑戦中だ。
短期間で2回のクラファンで支援を募ることには、「葛藤もありました」と仲嶺さん。だが仲嶺さんの馬にも人にも誠実な人柄を知る仲間たちの後押しもあり、クラファンをスタートさせた。第一目標の300万円を既に突破して、NEXT GOALの500万円を目指している。馬が安心安全に過ごせる環境作りのために、クラファン最終日まで挑戦は続く。
(了)
▽ Horse Space 紡
▽ クラウドファンディング
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佐々木祥恵
北海道旭川市出身。少女マンガ「ロリィの青春」で乗馬に憧れ、テンポイント骨折のニュースを偶然目にして競馬の世界に引き込まれる。大学卒業後、流転の末に1998年優駿エッセイ賞で次席に入賞。これを機にライター業に転身。以来スポーツ紙、競馬雑誌、クラブ法人会報誌等で執筆。netkeiba.comでは、美浦トレセンニュース等を担当。念願叶って以前から関心があった引退馬の余生について、当コラムで連載中。
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