シーザスターズ産駒が初めてのクラシック制覇

2014年06月11日(水) 12:00


◆まだまだ底を見せていない感のあるタグルーダは凱旋門賞でも要注意の馬に

 6日(金曜日)にエプソムで行われた第236回G1英オークス(芝12F10y)は、3番人気に推されたタグルーダ(牝3)が快勝。父シーザスターズに、初めてのクラシック制覇をもたらした。

 香港のツイー・ファミリーが生産し、クリストフ・ツィー氏の所有馬として現役時代を送ったシーズスターズ(父ケイプクロス)。凱旋門賞馬アーバンシーの10番仔で、兄姉に英愛ダービーに加えてキングジョージを制したガリレオ、愛オークス2着馬メリカー、タタソールズGCなど2つのG1を制したブラックサムベラミー、G1ダイアナS勝ち馬マイタイクーンらが居るという超良血である。

 愛国のジョン・オックス厩舎に入り、2歳7月のデビュー戦こそ4着に敗れたものの、これが生涯で唯一の敗戦となり、生涯成績9戦8勝。ことに3歳時(09年)のパフォーマンスは圧巻で、初戦となったニューマーケットのG1・2000ギニーから、最終戦となったロンシャンのG1凱旋門賞まで、月に一度のペースでG1を戦い続け、8Fから12Fまで網羅しつつ一度も負けずにキャンペーンを完遂。あらゆる表彰で年度代表馬のタイトルを獲得し、レイティング136を得て世界チャンピオンに輝いている。

 2世代年下にフランケルという異次元の怪物が出現したため、いささか影が薄くなった感は否めないが、少なくとも09年の段階で「近年の最強馬」と讃えられていたのは、間違いなくシーザスターズであった。

 極上の血統を持つ馬が極上の成績を挙げたわけで、種牡馬としての期待が高まるだけ高まったことは言うまでも無く、「○○が百億円を提示した」などという噂がいくつも飛び交った後、シーザスターズは愛国のギルタウンスタッドで種牡馬入りし、初年度の10年には8万5000ユ−ロ(当時のレートで約1030万円)という種付け料が設定された。欧州で繁殖入りした日本の名牝ウオッカが、初年度の交配相手にシーザスターズを選んだことが我が国でも話題になったので、ご記憶のファンの方も多いと思う。

 その初年度産駒が競走年齢に達した昨年、シーザスターズ産駒は欧州で45頭がデビュー。このうち10頭が勝ち上がり、通算で12勝。産駒の通算獲得賞金はポンドに換算して150,882ポンドで、フレッシュマンサイヤーランキング第10位という数字が残ることになった。

 実はこれ、関係者の間でも評価の分かれる、かなり微妙な成績だった。

「期待外れ」と言う声も多く聞かれたことは事実で、現役時代の輝きや、集まった繁殖牝馬の質を考えると、それも無理からぬことだった。

 その一方で、シーザスターズ自身がデビュー戦で敗退し、2歳時は「普通のいい馬」だったことを考えると、「想定の範囲内」との声もあった。ダービーや凱旋門賞を制したクラシックタイプゆえ、産駒も本領発揮は3歳になってからのはずで、そんな状況の中、たった1頭とはいえG3パークSを制したマイタイタニアという重賞勝ち馬を出したことは、翌年への明るい兆しと捉える関係者も少なくなかった。

 あるいは、45頭がデビューし、このうち11頭が勝ち馬になったものの全馬が1勝止まりで、フレッシュマンサイヤーランキング11位に終わった兄ガリレオの初年度を引き合いに出し、「兄よりは上。だから心配ない」と考察する向きもあった。

 結果として、正解だったのは「楽観説」だった。3歳シーズンがスタートすると、シーザスターズ産駒は欧州の各国で活発な動きを見せ始めたのだ。

 英国では、LRプリティポリーSとG1英オークスを連勝したタグルーダ以外にも、LRチェシェアオークスを制したアニーパも英オークスに参戦。

 仏国では、シャムキールがG1仏ダービーで2着に好走。同じく仏国では、G3ヴァントー賞に勝ち、G1サンタラリ賞2着のヴァジラが、今週末のG1仏オークスに有力馬の1頭として参戦を予定している。

 愛国でも、アフタヌーンサンライトがG3デリンズタウンスタッド1000ギニートライアルSに優勝。

 更に独国でも、シーザムーンがG3春季3歳賞に優勝。独ダービーの有力候補にのし上がっている。

 つまりは、「楽観派」の見立て通り、クラシック戦線の足音が本格化するにつれ、シーザスターズ産駒は動き始めたわけである。

 それにしても、2着以下に3.3/4馬身の差をつけ、デビューから無敗の3連勝で英オークスを制したタグルーダのレース振りは見事だった。まだまだ底を見せていない感のある同馬は、秋の凱旋門賞でも要注意の馬になりそうだ。

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合田直弘

1959年(昭和34年)東京に生まれ。父親が競馬ファンで、週末の午後は必ず茶の間のテレビが競馬中継を映す家庭で育つ。1982年(昭和57年)大学を卒業しテレビ東京に入社。営業局勤務を経てスポーツ局に異動し競馬中継の製作に携わり、1988年(昭和63年)テレビ東京を退社。その後イギリスにて海外競馬に学ぶ日々を過ごし、同年、日本国外の競馬関連業務を行う有限会社「リージェント」を設立。同時期にテレビ・新聞などで解説を始め現在に至る。

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