「高速馬場」「脚元への負担」 馬場をめぐる批判は本当に妥当なのか

2015年04月27日(月) 18:01

 桜花賞、皐月賞が終了し、25日からは主場開催が東京、京都に移った。この時期の芝コースは概して状態が良く、年間を通してもタイムが速い部類に属する。特に京都は速く、昨年のこの開催で1600(外)、1800mという基幹距離のレコードが更新された。

 このようなタイムの速い状況は、関係者やメディアの間ですこぶる評判が悪い。「高速馬場」は今や、JRAの馬場管理を難詰する際のマジックワードと化した感さえある。

 だが、厩舎関係者にまで拡散したこの種の紋切り型の批判は、どこまで妥当性があるのか、再考する必要性を感じる。日本の芝はなぜ、現在のような「造り」なのか。海外の芝はすべて「遅い」のか。タイムの速い芝は本当に「脚に優しくない」のか。可能な限り、1つ1つ検証してみる。

日本だけが本当に速いのか?

 各国の芝の速さを比較しようにも、出走馬のレベル差を正確に比較すること自体がひどく難しい。しかも、国ごとに計測の方法が異なる。ゲートが開いてから計時が始まるまでの距離は、長い順に北米、日本、フランスとなる。従って、正しいアプローチかどうかはかなり疑問だが、ブリーダーズCターフ、ジャパンC、凱旋門賞を比較してみる。

 ジャパンCは過去34回中33回が東京で施行され、決着タイムが2分24秒を切った事例が、1989年のホーリックス以降、9回を数える。一方、主要競馬場を転々とするブリーダーズCターフは、97年以降、2分24秒未満が5回。5回の内訳は閉鎖されたハリウッドパークが1回(97年)の他はすべてサンタアニタ。この2場では創設から11回しか施行されていないため、相当に高い確率と言える。日本はコンスタントに速いが、コーナーが急である点を考慮すれば、米西海岸もかなり速い部類だ。

 それに比べればロンシャンは遅い。初の2分24秒台が97年のパントレセレブル(2分24秒6)は驚異的な記録と評価された。この記録が更新されたのが11年で、デインドリームが2分24秒49を出した。同年は欧州全体を猛暑が襲い、馬場が乾き切った状況だった。

 一方、北米でもチャーチルダウンズ(ケンタッキー州)の場合、11月でも気温が日本の真冬並みに下がる場合があり、芝はケンタッキーブルーグラス(札幌や函館でも使用される)で、当然ながらタイムは遅い。西海岸が速いのは、年間を通じて気温が高く、日照時間が長いという気候条件が作用している。

速さの背景に徹底した管理

 あくまでも相対評価だが、日本の芝は欧州よりは間違いなく速い。また、主にバミューダ芝を使用する香港・シャティンとの比較でも、遠征馬の記録を見る限り、速いことは速いと言えそうだ。問題は理由で、「路盤が堅いから速い」と広く考えられている。

 ところが、実は日本の馬場は90年代と比べて硬度が30%近く落ちている。軟らかくなっているのだ。最近、刊行された「馬場のすべて教えます」(小島友実氏著、主婦の友社)に紹介されているが、理由は路盤に使われる素材が、土から排水性の良い砂に変わった点と、「バーチドレン」や「シャタリングマシン」といった機器を使用して、路盤を軟らかくする取り組みを進めているためだ。前述のロンシャンの場合、路盤が粘土質のため、晴天が続くとカチカチになってしまう。天候を問わず平素から散水の量は多いのだが、11年は散水しても追いつかないほど乾ききっていた。

 馬場が軟らかくなり、硬度が諸外国に近い水準に来ているのに、なぜタイムは相変わらず速いのか? しかも、小島氏の前掲書によれば、タイムは年を追って速くなっている。理由は推測するほかないが、競走馬の能力が全体として向上していることは想定できる。国を問わず、レコードは徐々に短縮されて行くものだが、下級条件馬を含めた平均的なタイムを比較する材料がないため、日本の「高速化」がどこまで特異かは判断できない。

タイムと事故率の関係

 重要なのは、「速い馬場は危険か」だが、馬場の速さと事故率の関係を検討した研究結果から、「高速馬場=危険」との図式は否定された。昨年12月の「ウマ科学会」総会で、東邦大理学部の菊地賢一教授(行動計量学)と、JRA競走馬総合研究所・運動科学研究室の高橋敏之室長が「高速馬場と競走中の怪我の関係について」との題目で発表した。

 02〜10年の東京、中山、京都3場の芝(良馬場)のレースを対象にタイムを比較し、まず開催時期ごとに馬場の速さをカテゴライズする。その上で、速さと傷害率の相関関係を検討した。発表によると、京都の秋(10-11月)と冬(1-2月)は、経験的に知られている通り、秋の方が「高速」側に属するが、傷害率はともに1.2%で、有意な差は見られなかった。高橋室長によると、事故率は季節を問わず、東京が1.5%前後、中山が1.3%前後で、タイムとの相関関係はなかった。

 ここでの「事故」は、骨折や腱の断裂を言い、競馬場とトレセンで故障を発症した馬の馬主にJRAから支給される事故見舞金の対象がカウントされている。カネが絡む分、統計の信頼性は高いと見るべきだ。

 問題は屈腱炎のような「勤続疲労」型の故障で、レースから間隔を開けて発症した場合、統計から漏れる可能性もある。だが、この部分は、年間の屈腱炎の発症件数でフォローできる。99年に1000頭だった発症頭数が昨年は実に546頭に減っている。付言すれば、屈腱炎にも事故見舞金が支給されている。一方、骨折は95年に1702件だったが、今世紀に入ってからは4割近く少ない1100件前後で推移している。

徹底した管理がもたらす速さ

 馬場が軟らかくなったのに、タイムは速くなる。この矛盾は容易に解決しないが、改めて日本が速い理由を、ある程度想像することは可能だ。問題は「堅さ」でなく「平らさ」にある。つまり、徹底した管理が行われているのだ。競馬場を問わず、開催1週目の馬場が速いのは常識に類する。

 ここで見る側はつい、生えそろった芝に目が行くが、速さを規定するのは足元だ。開幕週の馬場は、路盤が最も平らで凹凸が少ない。人や自動車が走る時も同じ。陸上のトラック競技で、選手が全力で走れるのは、路面に凹凸がないからだ。どこかに石ころや突起物があれば、怖くてトップスピードを出せない。自動車も同じで、減速させるために人為的に、数十mごとに突起をつくっている道路もある。

 芝の路盤も、凹凸が激しければ、人馬はある程度、手加減をせざるを得ない。競馬開催中の週半ばの管理も、もっぱら蹄跡をならして平らに保つのが目的だ。凹凸が多い路面は、馬がバランスを崩しやすく、致命的な故障に直結しかねない。このリスクを抑え、走りやすい馬場をつくることで、タイムも速くなる面がある。

「速い馬場」を巡る“大人の事情”

 中央競馬の芝がなぜ速いかを考える上で、格好の材料があった。4月4日に豪州・ロイヤルランドウィックで開催予定だったGI、ドンカスターマイル(芝1600m)が、大雨で2日後に順延された。同レースは日本馬2頭も参戦。6日の仕切り直しの一戦は、リアルインパクトが2着、ワールドエースが8着。タイムは1分37秒61を要しており、雨の影響が相当に残っていたようだ。

 問題は延期の理由だ。海外事情に詳しい人に尋ねると、「騎手が嫌がる」という。日本でも降雪や台風なら別だが、雨だけで「乗りたくない」という話は余り聞かないが、それだけ安全性に敏感なのかも知れない。

 もう一つ、見逃せないのはスクラッチ(出走取消)の問題である。主要競馬国では、馬場を理由にした出走取消を認めている場合が多い。降雨の際、馬主や調教師が「こんな馬場で走らせたくない」と降りる権利がある。実際、筆者も99年の凱旋門賞で、人気の一角を占めたデイラミの馬主であるムハンマド殿下が、当日の馬場を歩いて状況を確認する一幕を目にしたことがある。殿下は最終的に出走させたが、実戦で同馬はほぼ何もせずに9着だった。道悪下手の馬を走らせたくはなかったが、モンジュー、エルコンドルパサーと並ぶ目玉の取り消しという事態は回避し、施行者のフランスギャロの顔を立てたのだろう。余力十分だったのか、5週後のブリーダーズCターフは圧勝した。

 馬場を理由にした出走取消を認める前提に立つと、施行者は悪天候下で、レースを強行しにくくなる。有力馬の出走取消が相次ぎ、目玉レースの格自体が落ちるからだ。日本でも当日にゲリラ豪雨に襲われた09年のダービーや、13年の函館開催を思い起こせば、「降りたい」「走らせてもムダ」と考えた陣営は少なくなかったに違いない。

 だが、国内の競馬では無理な相談だ。大橋巨泉氏は以前、日本の馬主の権利が乏しい根拠として、(1)外厩を持てない(2)自由に出走取消ができない――の2点を挙げたことがある。売り上げ確保のため、馬主の権利を制限している格好だ。

 JRAの馬場担当者が以前、筆者に「日本の芝は全天候馬場」と表現したことがある。馬場による取消が不可能な以上、どんな天候でも我慢の利く馬場が暗黙のうちに求められている。近年は軟らかい馬場を志向しているものの、通年開催という厳しい条件で極力、日程通り競馬を消化するには、ある程度「しっかりした」馬場が必要なのだ。

 その点で、近年のジャパンCで外国馬が手薄な状況に対して「もっと馬場を軟らかく」と主張するのは本末転倒に思える。外国馬が手薄になったのは、日本馬の地力強化や地理的条件、開催時期などが複合的に作用しているからだ。より軟らかい馬場への移行を主張するなら、シーズンオフの導入など、開催のあり方も含めて考えるべきで、それによって失われる部分についてもきちんと言及する必要がある。

 ジャスタウェイは昨年、メイダンのドバイ・デューティフリー(現ドバイターフ)でのレコード勝ちが決め手となり、世界ランク1位となった。馬場のあり方は国ごとに違っても、速い馬を選ぶという競馬の目的は動かない。だから、種牡馬の広告には現役時代のレコードが大書される。

 道悪の日に負けた有力馬の関係者が、馬場悪化を敗因に挙げれば、多くの人は納得する。逆に、「タイムが速過ぎた」というコメントは、言い訳と言うよりその時点での能力不足の告白である。枠順による有利不利の存在は否定できないが、個人的な好みを言えば、道悪の競走より、「結果的に」タイムが速かったレースの方が、見た後の納得感は圧倒的に高いと思っている。

※次回の更新は5/25(月)18時になります。

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野元賢一

1964年1月19日、東京都出身。87年4月、毎日新聞に入社。長野支局を経て、91年から東京本社運動部に移り、競馬のほか一般スポーツ、プロ野球、サッカーなどを担当。96年から日本経済新聞東京本社運動部に移り、関東の競馬担当記者として現在に至る。ラジオNIKKEIの中央競馬実況中継(土曜日)解説。著書に「競馬よ」(日本経済新聞出版)。

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