菜七子フィーバーの立役者! 根本康広調教師の包容力

2016年05月10日(火) 18:00

根本康広調教師

菜七子騎手を全力でサポートする根本康広調教師


「失敗して怒ったってねぇ。怒るより教えないと」

赤見:藤田菜七子騎手がデビューして約3か月、先生にとっても大変だったんじゃないですか?

根本:大変なのは本人だと思いますよ。この盛り上がりは本人もびっくりしてるけど、僕もびっくりしてます。

赤見:菜七子騎手を所属にした経緯を教えていただけますか?

根本:所属の(丸山)元気がデビューして、もともと兄弟弟子を作ってあげたいなと思っていたから、それで(野中)悠太郎をと思って。その話で終わりかなと思っていたら、競馬学校の教官の蓑田さんから「女性が久しぶりに入るから、ものになるかわからないけど、所属にすることを考えといてくれないか」って言われて。それで「いいですよ」ってなったんです。

赤見:今の競馬界の仕組みだと、ジョッキーを所属にするのは大変なことだと思いますが、その中で3人も所属騎手がいるというのはすごいことですね。

根本:大変だって言うけど、僕には一体何が大変なのかわからないんですよ。育てるのが大変なのか、自分の厩舎の経営として大変なのか、そのために弟子たちに乗せられないのが大変なのか、見方によって違うと思うんですけど、それは大変というのとは違うんじゃないかなと。上位を狙おうとしたら違う形を追求しないといけないのかもしれないけど、僕はそれだけじゃないと思うので。人それぞれ、考え方の違いですよね。それに、大変なのは僕よりも菜七子自身でしょう。

赤見:こうなると予想はしてましたか?

根本:多少なりとも騒がれるとは思っていましたよ。16年ぶりのJRAでの女性騎手誕生ということで取り上げられるとは思ってました。でもそれ以上に盛り上がったのは、それなりにレースがきっちりできていることがプラス人気に繋がったのかなと。これが、『うわ〜見てられない』っていう乗り方なら、誰も目を向けなくなっていくと思います。

 実はね、模擬レースの1戦、2戦、3戦見てて、『あ〜これは無理だ』と思ったんですよ。蓑田さんにも言ったんだけど、『ちょっとキツイんじゃないの?ジョッキーとしてやっていけないよ』って。でもだんだん模擬レースを重ねて、これならなんとかっていうくらいにはなったし、最後の模擬レースで勝った時は、まあ普通になったのかなと。

赤見:そこから、実際にデビューしたら思った以上に上手かったという?

藤田菜七子騎手

「たくさんの方のお蔭でデビューの形が作れました」(写真はレース後の記者会見 撮影:武田 明彦)

根本:乗れるっていうか、順応性が高いですよね。それに、運がいいっていうのもあると思います。3月3日の川崎のデビューを考えても、レガリアシチーのエントリーが入って、交流競走だから3キロの減量特典はないのにオーナーがOKしてくれたこと、川崎が初騎乗でもいいと言ってくれたこと、3月1日の免許交付なのに2月26日のエントリーでJRAが受けてくれたこと、すべて条件が揃ったからこそ3日にデビューできたんです。川崎の調教師は昔からみんな知っているんで、数を乗せてくれましたし。本当にたくさんの方のお蔭でデビューの形が作れました。

 当日は朝、車で乗せていって、コーナーがキツイ話だとかゲートの話だとかしたんだけど、多分これだけ話しても無理だろうなと思っていたのに、結局普通に乗ってこれちゃいましたからね。そういうところで順応性はあるのかなと。ここのところ数を乗せてもらって、技術的な面はまだまだな部分も多いけど、18歳の女の子にしてはいいんじゃないのって思います。乗せた甲斐がありましたよね。

赤見:地方競馬にも遠征に行くメリットは?

根本:やっぱり、10回の追い切りより1回の実戦だから。どこの競馬場であろうと、お金の懸かったレースに乗ること1戦1戦が、下手に乗ろうが負けようが全部身に付きますから。例えば追い切りでいくら3頭立てでやっても、ゴールに向けての勝つか負けるかとは違うじゃないですか。鉄火場っていうもので体に身に付いていくので、実践を踏まえるのはいいと思います。

赤見:レースを見ていて思ったんですけど、川崎デビューからJRAを挟んで高知くらいまでは、馬なりで行って最後に伸びてくるというレースが多かったですが、浦和の時からかなり前に行くようになりましたね。

根本:そうですね。模擬レースの時もそうだったんだけど、1戦目2戦目3戦目ってスタートが良かったのに、周りに気を遣ったのか下げちゃったんですよ。それを言ったんだけど、なかなか実戦で出来なくて。でもレースを重ねて自信がついてきたのか、頭で考えるよりも体が動くようになったんじゃないかなと思います。

赤見:もともとスタートは上手いですよね。

根本:なんか知らないけど、ちょこっと遅れてもスッとついて行きますよね。それは考えてやるというより体が付いて行くんじゃない?現状の武器は、やっぱりスタート。それと、この頃少しはパワフルに追えるようになりましたね。初戦の頃と全然違いますよ。

赤見:ここまで想像より順調ですか?

根本:思った以上に順調ですね。どんな乗り役でも小さい壁大きい壁にぶつかるから、その時には兄弟子がいるから心強いと思いますよ。調教師にも言えない部分あるから、(丸山)元気にしても(野中)悠太郎にしてもチャラチャラしてるけど(笑)。これが、菜七子に上の先輩がいない厩舎でポツンといるのと違って、兄弟弟子として話ができるというのは心強いんですよね。僕自身が騎手の時に経験しているから。特に女性だから周りも気を遣うし、余計孤立してしまうでしょう。その中でああやって結果を出してしまうんだから、たいしたもんだと思いますよ。

赤見:どこにいっても注目されるし、たくさんの人たちに可愛がられてますよね。

根本:その分本人は疲れてるけどね。性格的には素直だし、物事もしっかり考えてるけど、考えたくない時にパッと切り替えられるみたいですね。その辺りはジョッキー向きの性格だと思います。

赤見:これまでで、根本先生が菜七子騎手に怒ったことは?

根本:僕はね、娘にも息子にも強く怒ったことないんですよ。うちの師匠がそうだったからね。『言われてできるならサルでもできる、人間は言われる前に自分で動かないと。それができないなら一生できない』っていう考えの人だったから。騎乗に関しても、いろんな部分を言葉で教えても結局わからないじゃないですか。実践を踏まえて行けばわかるけど、経験しないとわからないから。それで失敗して怒ったってねぇ。怒るより教えないと。

根本康広調教師

「失敗して怒ったってねぇ。怒るより教えないと」

赤見:女性ジョッキーを育てる難しさは感じますか?

根本:牧原くんや田村くんや細江くんの時にも、もう少しメディアに出すべきだったんじゃないかと思うんですよ。メディアから守るっていう考え方もあるし、本人も大変かもしれないけど、そうすればもっと次に繋がったかもしれないなと。競馬界は難しいところで、僕も若い頃にテレビに出たら『チャラチャラしやがって』って言われてね。『そんな奴は乗せない』って言われたこともあったけど、じゃあそれやめたら一生面倒見てくれんのかって言ったらそんなわけないんだから。周りは簡単に言うだけの話。菜七子本人はもちろん大変だと思うけど、発信していくことも大切だと思ってます。

赤見:どんな風に育って欲しいですか?

根本:このまんまでいいですよ。息長く、変な虫がつかないように(笑)。技術的なものは自分で考えるし、元気や悠太郎に相談したり、馬に対する自分の知らないセンスもあるわけだから、3人でがんばって欲しいですね。経験を積んでいって、いつか言われたことが分かる時があるから。『ああ、このことか』ってね。それは時が経たないとわからないけど、それを早くわかるために1戦1戦レースでアンテナを張って真剣に乗ることが大事なんです。

根本康広調教師

「このまんまでいいですよ。息長く、へんな虫がつかないように(笑)」

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常石勝義

常石勝義
1977年8月2日生まれ、大阪府出身。96年3月にJRAで騎手デビュー。「花の12期生」福永祐一、和田竜二らが同期。同月10日タニノレセプションで初勝利を挙げ、デビュー5か月で12勝をマーク。しかし同年8月の落馬事故で意識不明に。その後奇跡的な回復で復帰し、03年には中山GJでGI制覇(ビッグテースト)。 04年8月28日の豊国JS(小倉)で再び落馬。復帰を目指してリハビリを行っていたが、07年2月28日付で引退。現在は栗東トレセンを中心に取材活動を行っているほか、えふえむ草津(785MHz)の『常石勝義のお馬塾』(毎週金曜日17:30〜)に出演中。

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