小倉記念&札幌記念回顧 勝ちきれなかったレースへの本音とは

2016年08月30日(火) 18:00

小牧太

今週は小倉記念、札幌記念、そして約40日ぶりの勝利となったサマーチャンピオンの回顧を中心にお届け

 夏の重賞回顧第二弾として、今回は小倉記念、札幌記念、そして約40日ぶりの勝利となったサマーチャンピオンの回顧を。小倉記念については、直線で受けた不利に対してユーザーから怒りの質問が続々! その質問に答える形で、レース中の状況と心境を丁寧に語ってくれました。

(取材・文/不破由妃子)


あの1勝でいろいろと吹っ切れたわ

──小倉記念、札幌記念、そしてサマーチャンピオンを振り返っていきたいのですが、小倉記念(4着)は、やはり直線の不利が…。

小牧 いや、あの不利がなかったとしても、3着までだったと思う。むしろ、外のベルーフ(ホワイト騎手・2着)のほうが痛かったんちゃうかな。マーティンボロ(藤岡佑騎手・5着)の動きがなければ、ベルーフが1着、内の馬(クランモンタナ1着・和田騎手)が2着で、僕の馬が3着という結果やったと思う。

──ということは、ダコール自体の手応えももうひとつだった?

小牧 うん、4コーナーを回る時点で、もう手応えがあやしかったね。だから、だいぶ前からムチを入れてたでしょう。なんか動きがもうひとつやったなぁ。あとは、やっぱりインを通ってきたほうがいい馬やね。

──小倉記念については、たくさん怒気をはらんだ質問や意見が届いていまして…。あ、小牧さんへの怒りじゃないですよ。

小牧 藤岡でしょ?

──はい。なかでも、「藤岡騎手は、馬が外にヨレているのに右ムチを叩き続けていた。あれはどうなんでしょう?」という質問が多かったです。

小牧 僕も危ないと思ったから、「おーい!」って声を出したんやけどね。確かに立て直さなアカンところやけど・・・

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小牧太

1967年9月7日、鹿児島県生まれ。1985年に公営・園田競馬でデビュー。名伯楽・曾和直榮調教師の元で腕を磨き、10度の兵庫リーディングと2度の全国リーディングを獲得。2004年にJRAに移籍。2008年には桜花賞をレジネッタで制し悲願のGI制覇を遂げた。その後もローズキングダムとのコンビで朝日杯FSを制するなど、今や大舞台には欠かせないジョッキーとして活躍中。

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