アキヒロと日仏伊のダービー

2017年05月13日(土) 12:00


 フランスの伯楽アンドレ・ファーブル調教師が管理する、ノーザンファーム生まれのディープインパクト産駒アキヒロ(牡3歳)が、年明け2戦目のGIIグレフュール賞(5月8日、サンクルー芝2000m、5頭立て)で3着に敗れた。このレースはフランスダービーの前哨戦で、勝ったのは、オリビエ・ペリエ騎手が手綱をとったレコレトス。アキヒロは、そこから2馬身半+頭差遅れてフィニッシュした。

 昨年8月のデビュー戦(ドーヴィル芝1500m)で2位入線後繰り上がり1着、9月のシェーヌ賞(シャンティー芝1600m)で1着、年明け初戦、4月のノアイユ賞(シャンティー芝2100m)で2着、そして今回の3着で、通算成績が4戦2勝、2着と3着が1回ずつ、となった。先頭でゴールしたのは2戦目のシェーヌ賞だけだが、6月4日のフランスダービーの有力馬の1頭であることは間違いない。2012年フランス1000ギニーのビューティーパーラー、2016年イスパーン賞のエイシンヒカリにつづく3頭目となる、ディープ産駒によるフランスGI制覇はなるか、注目したい。

 去年の秋、おそらく違うとわかっていて訊いたのだろうが、武豊騎手に「あのアキヒロって、島田さんからつけたんですか」と訊かれた。彼も、周りにいた人たちも、ひとひねりした答えを期待していたはずなのに、私は普通に「自分ではない」と答えてしまった。

 アキヒロのオーナーは、ファッションブランドのシャネルの経営者でもあるヴェルテメール兄弟だ。そんな人たちと私が知り合いのわけがない。

 フランス在住で、「優駿」や「週刊ギャロップ」などに寄稿しているライターの沢田康文君も「アキヒロの命名の由来、訊いてみます」と言っていたのだが、忘れてしまったのか、それに関する言及が記事にない。

 また、来週発売のスポーツ誌「ナンバー」のダービー特集の企画として、担当編集者が「明宏がアキヒロへの思いを書くというページ、面白そうですね」と話していたのだが、彼もすぐ忘れてしまったようだ。

 結局私は、ふたりのダービージョッキー――大西直宏元騎手と安藤勝己元騎手にインタビューして2本の原稿を書いた。アンカツさんは毎週テレビに出ているし、競馬場でもよく見かけるのだが、大西さんに会ったのは、ずいぶん久しぶりだった。鬢(びん)のところに白いものが目立つくらいで、ジョッキー界きっての二枚目と言われたルックスはそのままだ。体重も現役時代と変わっていないという。今年同様「大混戦」と言われた1997年の牡馬クラシック戦線をサニーブライアンで戦ったことについて話を聞いた。何かをなした人の言葉には重みがある。

 ところで、私はここに「フランスダービー」と書いているが、「ジョッキークラブ賞(仏ダービー)」とする媒体もあり、数のうえではそちらのほうが多いかもしれない。

 1932年に第1回東京優駿大競走として行われた日本ダービーに先立つこと96年、1836年に創設された伝統あるクラシックだが、2005年に距離が2400mから2100mに短縮された。格付けはGIのままだが、1977年クリスタルパレス、1983年カーリアン、1991年スワーヴダンサー、1999年モンジュー、2003年ダラカニなど、数々の名馬が勝ち馬に名を連ねていたころに比べると、昨年のアルマンゾール以外は、小粒になった感は否めない。

 同様に古い歴史を持つイタリアダービーは、2008年に2200mに短縮され、翌2009年、GIIに降格した。1938年ネアルコ、1993年ホワイトマズル、1995年ルソー、2002年ラクティなど、日本でもよく知られた名馬たちが制してきたビッグレースがこうなってしまうのだから、恐ろしい。

 日本ダービーは、最初の2回が右回りの目黒競馬場で行われただけで、芝2400mという条件は創設以来変わらずに来ている。これが長いというのなら、3週前のNHKマイルカップに出ればいい。ダービーを「クラシックディスタンス」とも「チャンピオンディスタンス」とも言われるこの距離でつづけるためにも、NHKマイルカップは欠かせない存在になっているわけだ。

 先述した、大西さんのサニーブライアンが春の二冠を制した1997年も、今年と同じように牝馬がNHKマイルカップを勝っていた。のちに日本調教馬初の海外GI制覇をやってのけるシーキングザパールだ。

 あの年の牡馬クラシックは、主役不在と言われながら、今振り返ると、メジロブライト、シルクジャスティス、マチカネフクキタル、サイレンススズカ、ランニングゲイルなど、錚々たるメンバーが揃っていた。

 今年も、何年か経って振り返ったら、そうなっているだろうか。直線で2段階の加速を見せて好タイムを叩き出したアエロリットのスケールも、シーキングザパール級なのかもしれない。

 ジャケットのいらない陽気の日が増えてきた。母の一周忌を終えると、翌週は日本ダービーである。

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島田明宏

作家。1964年札幌生まれ。Number、優駿、うまレターほかに寄稿。著書に『誰も書かなかった武豊 決断』『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡』(2011年度JRA賞馬事文化賞受賞作)など多数。netkeiba初出の小説『絆〜走れ奇跡の子馬〜』が2017年にドラマ化された。最新刊は競馬ミステリーシリーズ第6弾『ブリーダーズ・ロマン』。プロフィールイラストはよしだみほ画伯。

関連サイト:島田明宏Web事務所

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