勝ち馬が血をつなげていく中山記念

2018年02月22日(木) 12:00


「中山記念を勝った馬は種牡馬として成功するんだよ」

 放送作家のウメさんが、フジテレビの報道フロアで競馬新聞をひろげてそう言った。1980年代の終わり、私が競馬を始めたばかりのときだった。

 ウメさんの言葉を念頭に、89年の中山記念で勝負をかけた私は、目の前で牝馬のコーセイが鮮やかに抜け出すシーンを見てズッコケた……という話を、しばらくネタにしていた。

 ウケたこともあれば、スベったこともあった。それはいいとして、あらためて中山記念の歴代の勝ち馬を眺めているうちに、むくむくと疑問が沸き上がってきた。

 ――ウメさんは、何を根拠に「中山記念を勝った馬は種牡馬として成功する」と言ったのだろう。

 あのころ産駒を送り出しているとしたら70年代や80年代の勝ち馬ということになるのだが、74年のハイセイコー以外は、種牡馬として成功したと言える馬はいない。85年の勝ち馬トウショウペガサスはグルメフロンティアやスエヒロジョウオーといったGI馬を出しているが、どちらもGIを勝つのはもっとあとの90年代になってからだ。

 しばし黙考し、結論に至った。間違っていたのは、ウメさんではなく、私だった。あのときウメさんは「中山記念を勝てば種牡馬になれる」と言ったのだ。「成功する」とは言っていなかったのに、私が勝手に言ったと思い込んでいた(ウメさん、ごめんなさい)。

 確かに、85年トウショウペガサス、86年クシロキング、87年スズパレード、88年モガミヤシマ……と、ウメさんの発言があったころの中山記念の勝ち馬は立てつづけに種牡馬になっている。

 自分の記憶のいい加減さに苦笑しながら、ここでまた「待てよ」と思った。

 冒頭に記した、私の記憶違いのウメさんの言葉は、30年ほど経った今なら正しかった、と言えるのではないか。

 前述のトウショウペガサスのほか、94年サクラチトセオー、96年サクラローレル、99年キングヘイロー、2003、07年ローエングリン、2011年ヴィクトワールピサなど、種牡馬として成功した勝ち馬が何頭も出ているし、2014年ジャスタウェイ、2016年ドゥラメンテ、2017年ネオリアリズムと、これから成功しそうな馬も複数いる。

 年明け初戦となることの多いこの時期に、4つのコーナーを上手くこなす器用さと、荒れた馬場を苦にしないパワーで別定戦を勝つような馬は、種牡馬として産駒にそうした素養を伝えていく、ということか。

 まあ、でも、ここは素直に「中山記念を勝てば(たとえGI未勝利でも)種牡馬になれる」と修正し、引きつづき、コーセイに勝たれてズッコケた話をネタにしたい。

 中山記念と聞いて私がまず思い出すのは、ズッコケた89年のレースなのだが、その記憶にくっつくような形で、翌90年のレースも忘れられない一戦になっている。

 勝ったのは、そのとき旧7歳だった芦毛のホクトヘリオスだった。

 ホクトヘリオスは、函館3歳ステークスと京成杯3歳ステークスを勝ち、朝日杯3歳ステークス(すべて旧馬齢)で2着になるなど、早くから活躍していたが、87年の皐月賞とダービーではともに13着に終わった。

 本領を発揮するのは古馬になり、マイル路線を歩みはじめてからだった。88年の京王杯オータムハンデキャップで約1年10カ月ぶりの勝利をおさめ、マイルチャンピオンシップでサッカーボーイの2着になるなど、マイラーとしての地歩を固めていく。

 88年の秋というと、タマモクロスとオグリキャップの「芦毛対決」がヒートアップしたシーズンだ。ホクトヘリオスも、これら2頭と同じ「芦毛の追い込み馬」として人気者になった。

 ただ、タマモとオグリがバリバリの主役だったのに対し、この馬はずっと「名脇役」だった。

 89年秋、オグリとバンブーメモリーが壮絶な叩き合いを繰りひろげたマイルチャンピオンシップでは、2着から4馬身差の3着。それも、4戦連続の3着だった。判官贔屓で、「善戦マン」が好きなファンにはたまらない存在だった。

 そんなホクトヘリオスが、旧7歳になった90年の東京新聞杯を驚異的な末脚で差し切り、約1年4カ月ぶりとなる勝ち鞍を挙げた。

 そして、次走がこの中山記念だった。前年、コーセイが勝ったときは13頭中3番人気に支持されたが9着に敗れていた。今回も、ベストより1ハロン長いし、コーナーを回るたびに置いて行かれるのは不利だと見られ、4番人気の支持にとどまった。相手が強くても弱くても、大外から追い込んでギリギリ差し切るか、ちょっとだけ届かないのがホクトヘリオスのレースパターンだったのだ。

 ところが、このときは、直線で馬群の間から抜け出すという、この馬らしからぬ器用さを見せ、1馬身差で勝ってしまった。あとで振り返ると、ランニングゲイルの父ランニングフリー(3着)や、モーリスの祖母メジロモントレー(6着)などが出走馬にいて興味深い。

 この中山記念がホクトヘリオスにとって最後の勝利となり、引退後種牡馬となったが、これといった産駒を残すことはできなかった。しかし、母ホクトヒショウからひろがる母系の血は今もつながれており、現役のなかには千田輝彦厩舎のサンマルペンダントなど牝馬もいるので、先々も楽しみだ。

 もっと早く今週の中山記念の話に持って行くつもりだったのだが、ホクトヘリオスについて書き出すと止まらなくなってしまった。

 今年の出走馬のなかでは、間違いなく種牡馬になりそうなペルシアンナイトと、オーストラリア遠征のプランがあり、結果次第では最近のトレンドに乗って向こうで種牡馬入りしても不思議ではないマイネルハニーが、中山記念を勝つのにふさわしいタイプか。華やかな牝系をさらにひろげて行きそうなアエロリットやヴィブロスも買ってみたい。

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島田明宏

作家。1964年札幌生まれ。Number、優駿、うまレターほかに寄稿。著書に『誰も書かなかった武豊 決断』『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡』(2011年度JRA賞馬事文化賞受賞作)など多数。netkeiba初出の小説『絆〜走れ奇跡の子馬〜』が2017年にドラマ化された。最新刊は競馬ミステリーシリーズ第6弾『ブリーダーズ・ロマン』。プロフィールイラストはよしだみほ画伯。バナーのポートレート撮影は桂伸也カメラマン。

関連サイト:島田明宏Web事務所

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