「地獄から天国へ。名門紙TMが高知競馬の四半世紀を語る」<第11回>風間恒一

2018年03月19日(月) 18:00

風間恒一

真剣な眼差しでレースを見つめる。長年のキャリアで培った眼力こそが、的中を導く大きな武器となる。

雄大な太平洋を望む南国・土佐。幕末の英雄・坂本龍馬をはじめ、激動期にあった日本を生き抜いた志士たちを数多く出してきたこの地で、およそ四半世紀にわたってダンゴを打ち続ける男がいる。日本最古の競馬新聞といわれる“中島競馬號”の記者・風間恒一だ。高知競馬の酸いも甘いも知り尽くした名門紙のトラックマンが、V字回復を果たした高知競馬の苦難の道のりを吐露してくれた。

主催者、関係者、メディアによる三位一体の改革がV字回復の起爆剤に

 風間が主戦場としている高知競馬場は、高知市中心部から桂浜に向かう幹線道路沿いにある。右回りで1周1100mと、ほかの地方競馬場と比べても決して大きいとはいえないが、施行距離は800m、1000m、1300m、1400m、1600m、1800m、1900m、2100m、2400mとバリエーションに富んでいる(2018年現在、1000m、1800m、2100mは非施行)。かつては、全国の地方競馬のなかでも下から数えたほうが早いほど売り上げは低迷。2003年のハルウララブームも一時のカンフル剤にしかならず、廃場になるのも時間の問題と見られていたが、ここ数年で奇跡とも呼べるV字回復を見せてきた。

「これまで高知競馬では矢継ぎ早にさまざまな新機軸を打ち出して、対外的にもPRしてきましたが、一番のターニングポイントは、2007年に赤岡騎手がWSJS(現WASJ)に初出場したことだったと思います。あれがキッカケで、中央の騎手やほかの地方の騎手ともつながりができましたし、高知競馬の存在を大いにアピールできたと思います」

 2009年には、温暖な気候を生かした通年ナイター「夜さ恋ナイター」がスタート。前述した対外的なPR活動に加え、ナイター競馬の相乗効果もあり、売り上げはこの年を境に回復基調に転じた。翌年始まった、不世出の天才騎手・福永洋一の功績を称えた「福永洋一記念」も今ではすっかり定着し、高知競馬の集客に一役買っている。

 そして、V字回復を果たした高知競馬の売り上げを語る上で欠かすことができないのが2008年に始まった“一発逆転ファイナルレース”の存在だ。通常、1日10〜12レース開催されるなかで、最も売り上げるのは最終レースの1レース前に行われるメインレースだが、高知の場合、この最終レースが最も売れるという。

「出走馬を我々、記者が選抜して行っているので“記者選抜レース”、通称“キシャセン”と呼ばれています。普通、レース体系はピラミッド型で1つ勝つとクラスが上がり、クラスが上がるほど強い馬がひしめき合い、その頂点にGIがあります。しかし、このファイナルレースは逆で、なかなか勝ち上がれない馬を主催者ではなく、ファンにより近い我々記者の目線で集めてレースをしたら馬券的妙味があるのではないか、という発想から生まれたもので、主催者側からの依頼があって始まりました」

 通常は、出馬登録があって抽選後に出走馬が決定するが、このファイナルレースは、記者が出走馬を選抜した未勝利戦というわけである。自身が選抜した馬に印を打つこともあるそうだが、そもそも出走馬が有象無象の馬ばかりのため、思い描いた通りのレースになったことはほとんどないという。そういう意味では、選抜する現場記者たちも、馬を見るシビアな目が求められているのだ。

「勝ち上がれない馬ばかり集めてレースをするのですから、我々、記者も印を打つのに相当頭を悩ませます。以前は、『あのメンバーだったら、ウチのが入れば勝ち負けだったよ』とか『なんで、あの馬が入ってウチのはダメなんだ?』と、関係者から詰問されることもありました。ただ、選抜する際の基準として“同一クラスで過去3戦して1着のない馬”という明確な判断材料がありますし、実際にレースを見ている記者2人が12頭をピックアップするので、ほとんどの関係者には納得していただいています。これは売り上げが低迷していた高知競馬を何とかしたい、という主催者側の想いがあって、パイが小さく、主催者、メディア、関係者の距離感が近い高知だから実現できた施策だと思っています。我々もそうですが、何より関係者の理解がなければ成立しなかったかもしれません」

風間恒一

高知競馬の売り上げの推移を表したグラフ。綺麗にV字回復のラインを描いていることがわかる。資料提供=高知県競馬組合

個性的な印は新聞を買ってくれる人の想いを汲んだ結果

 今でこそ高知きっての名門紙“中島競馬號”の穴党記者として辣腕を振るう風間だが、その相馬眼は一朝一夕に身についたものではない。競馬記者というとレース後は枠場のところで待ち構えていて、下馬した直後の騎手や調教師などから談話を取る仕事をイメージしがちだが、適度に間隔を取って出走する中央と異なり、高知競馬の場合は中1週で走ることが多く、連闘というケースも少なくない。そのため、レース直後のコメント取りなどはなく、必然的に週1回の厩舎取材で全頭を網羅することになる。

「高知競馬では専門紙の記者は5人ほどいて、基本的には取材も時計も自分でやることが多いのですが、私の場合は主に取材がメインで多いときには全厩舎22〜3厩舎で、400頭以上もの馬を見ます。朝は4時ぐらいからで、終わるのは11時ぐらいですかね」

 その印も個性的で、厩舎人気や騎手人気の裏をかくことを信条としているという。

「はたから見れば、そういうスタイルが穴党として映るのかもしれません。なので、紙面が刷り上がって、印がポツンだとうれしかったりします(笑)。買う人の立場にたって、いかに馬券を楽しんでもらえるか、は常に考えていますね」

風間恒一

高知の名門紙「中島競馬號」の紙面。赤い数字は馬体重ではなく、ラスト3Fの時計。右側全面に競走成績を掲載している。

高知競馬を攻略する風間流の極意とは?

 買う人の立場に立って———。言うのは簡単だが、さまざまな関係者の利害関係が複雑に絡み合うこの世界で、なかなか実行できることではない。

「こうした情報化社会になってインターネットなどでも情報を得られるこの時代に、わざわざ新聞を買ってくれたファンにしてみれば、他紙と似たような予想だとつまらないですよね。せっかく新聞を買ってもらうんですから、違う角度から見た予想を提供したいなと」

 そんな風間の予想の原点は、馬場分析だという。

「高知の場合、基本は外枠中心でいいと思うのですが、マイル戦は比較的内枠有利というデータが出ています。そうした前提と当日の天候を踏まえ、最初の1〜2レースで当日の馬場の傾向を分析します。同時に前走で負けた理由を追求し、『いい競馬して、いい負け方』だったのか、レース映像を見ながら分析しています」

 大正時代に創刊し、日本初の競馬新聞としてその名を馳せる「中島競馬號」。競馬に“予想”という概念を導入し、“予想する楽しさ”を生み出した名門紙の看板記者が打つダンゴには、歴史の重みと穴党としての矜持が脈々と受け継がれている。

風間恒一

ときには、レース前に当日のレース展望を場内放送で流す「モーニング展望」に出演するなど多忙な毎日を過ごす。

風間恒一は『ウマい馬券』で高知競馬の予想を公開中!

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