騎手を夢みる少女と家族に同行した、馬産地尽くしの北海道旅行

2018年07月26日(木) 18:00


夢の実現のために、少しでもサポートが出来れば

 2年前の10月9日。メインが毎日王冠の東京競馬場で、最終12レース終了後、第8回目のジョッキーベイビーズが全国から8人の代表を招いて実施された。優勝者は九州地区代表の上薄龍旺君だったが、初めての沖縄代表として山内七海さん(当時小6)も参戦し、東京競馬場の芝コースを走り抜け、完走した。

生産地便り

2年前の藤田菜七子騎手と山内七海さん

「将来は騎手になりたいです」と話す七海さんと、以来今日までずっとメールのやりとりをしてきた。沖縄は周知の通り競馬場がなく、競走馬を間近で見る機会もないが、七海さんの通うインターナショナルスクールには乗馬が10頭繋養されているといい、小学校入学と同時に乗馬を始めたらしく、ジョッキーベイビーズに出場した時には彼女はすでに「乗馬歴6年」のキャリアであった。

 中2になった今もずっと乗馬を続けており、来年夏にはJRA競馬学校騎手課程を受験するつもりだという。また先月初めには、ジョッキーベイビーズ出場の縁から、TBS系「炎の体育会TV」にて藤田菜七子騎手と川崎競馬場で“対戦”する機会にも恵まれ、その様子が6月23日に放映されたばかりだ。そんな七海さんにとって、北海道は「馬がたくさんいる場所」であり、「聖地」のようにも映っていたのだろう。今年、ついに七海さんの北海道「馬」旅行が実現した。

 旅程は5泊6日。普通の旅ならば、綿密に予定を立て、できるだけ多くの観光地を巡るところだが、七海さんの場合は、ひたすら馬、馬、馬。馬だけに特化した5日間になった。

 同行したお母さんとお姉さんの3人旅である。及ばずながら、私が5日間のスケジュールを組ませて頂くことになった。

 北海道でも、サラブレッドが数多く繋養されているのは、胆振、日高にほぼ限られる。ただ、面積はかなり広く、端から端まで見て歩くだけでも相当な時間を要する。日高だけでも本州ではひとつの県に相当するほどの広さなので、今回は私の住む浦河周辺に限定してスケジュールを立てた。

 3人とも北海道は初めてで、初日に案内したBTC(軽種馬育成調教センター)の広大さにまず圧倒されたようであった。調教場をゆっくり車で走っていると、ここかしこに調教中の人馬の姿が目に飛び込んでくる。七海さんは馬の姿を見かける度に「うわぁー」と声を上げる。

 調教場の周辺に点在する生産牧場では、今年生まれた当歳馬が母馬と一緒に草を食む風景もあちこちに見られ、七海さんは「可愛い」「可愛い」と連発しては、スマホを手にして盛んに動画も撮っていた。私たち地元民にとっては、長年見慣れたどうということのない日常風景だが、初めて訪れた人にとっては、やはり新鮮なのだろう。いくら見ても見飽きることがない、と言うのであった。

 七海さんは「どこかで乗馬ができればとても良いです」とも言っており、わざわざそのためにヘルメットとブーツも持参してきていた。そこであれこれ手蔓を使い、知人の乗馬を借りて乗せてもらうべく話を進めてきた。

 2日目に、その乗馬が実現した。アドマイヤコジーン、ファインモーションなどを過去に育成した武田ステーブルの武田浩典専務が所有する「チーカ」号(ハフリンガー、7歳)に乗せてもらう機会を得て、単に見て歩くだけの旅から、さらに一歩踏み込んだ乗馬体験が新たにメニューに加わった。

 七海さんは沖縄で障害飛越も行なっているので、技術的には全く心配ないレベルだ。結局、チーカ号に3日連続で乗せてもらえたのは本当に幸運であった。

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チーカ号に騎乗する山内七海さん

 また昨夜は門別競馬場で初ナイターを体験した。中2なので馬券は買えないが、パドックで馬を見て予想はできる。驚いたことに最初のレースで七海さんが選んだ4頭のうち3頭が1着〜3着まで入った。ひょっとしたら博才もあるのではないか、とも感じた。

 門別には沖縄出身の宮平鷹志騎手が所属しており、それを知ると熱心にパドックで彼の騎乗姿を凝視していた。競馬の社会に沖縄出身の人は少ないので、なおのこと親近感がわいたのだろうと思われる。

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門別競馬場にて山内さん一家
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門別競馬場にて誘導馬テンタと記念撮影

 さて、今週末の土日は「うらかわ馬フェスタ」というイベントが開催予定である。日曜日には伝統の草競馬「浦河競馬祭」が行なわれ、そこで「ジョッキーベイビーズ北海道地区予選」が実施される。すでに地元の浦河ポニー乗馬スポーツ少年団は今週初めから連日、浦河町乗馬公園の800mダートコースで強化練習に励んでいる。

 七海さんも、浦河の子供たちの騎乗レベルがとても気になるようで、今日はその様子を間近で見学することになっている。

 こうしてあっという間に5日間が過ぎ、いよいよ明日、沖縄に帰ることになる七海さんだが、果たして馬産地での旅がどんな印象だったのかをうかがうのは、沖縄に帰ってからということになるだろう。

 ただ所詮素人の私なので、決して十分とは言い難いのだが、こうして誰かがほんの少しサポートをするだけで、通常のありきたりの旅行とは一味違うものにできる可能性があるとは感じる。今回は、たまたま馬産地を初めて訪れる3人が対象だったが、同じ馬目当ての旅行でも、個人差が大きく、名馬を見て歩く旅もあれば、トレッキングなどの乗馬三昧が目的の人もいるだろう。

 また、ちょっとした牧場作業を体験したい人がいるかもしれないし、馬の写真を撮りたい希望の人もたぶんいる。すでに何度となく訪れていれば勝手も分かってくるが、そこまで到達するには時間も知識も必要だから、最初のきっかけは誰かが手を差し伸べてあげるのがベストだ。

 さて、騎手課程受験まで後1年。簡単な道のりではないとは思うが、七海さんにはぜひ夢の実現に向けて頑張って欲しいと心から願っている。

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田中哲実

岩手の怪物トウケイニセイの生産者。 「週刊Gallop」「日経新聞」などで 連載コラムを執筆中。1955年生まれ。

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