競馬サークルとも大きく関わる重要な農協合併問題

2018年08月09日(木) 18:00

生産地便り

軽種馬経営(生産、育成)は、経営収支の正確な把握が極めて難しい事業体である


4農協の生産牧場戸数は計501戸、サラブレッド生産頭数は総頭数の約6割

 馬産地・日高では、今、農協合併に向けた動きが急ピッチで進んでいる。ひだか東(正組合員663人、浦河、様似、えりも)、みついし(正組合員379人、新ひだか町三石)、しずない(正組合員362人、新ひだか町静内)、にいかっぷ(正組合員311人、新冠)の4農協が、来年2月を目途に合併しようというのである。

 この背景には、様々な要因がある。まず組合員の高齢化、後継者不在などにより、離農が相次いでおり、組合員戸数が減少し続けていることが挙げられる。さらに、マイナス金利政策や規制強化等により、農協金融事業を取り巻く環境が厳しさを増していること。

 また、政府の農協改革政策により、明年5月までの「農協改革集中推進期間」中に、「農業者の所得向上に向け、経済活動を積極的に行える組織となるよう求められている」という事情もある。

 こうしたことから、みついしを除いた「ひだか東、しずない、にいかっぷ」の3農協は、2010年に合併協議会を設置し、合併に向けての協議を重ねてきた。

 これに、みついしが加わり、4農協が合併に向けていよいよ大詰めの段階まできたというわけだ。

 同じ日高にありながら、4農協はそれぞれ財務内容がかなり異なる。敢えて一言で色分けすると、健全なのはみついし農協だけであり、他の3農協(ひだか東、しずない、にいかっぷ)は、いずれも積もり積もった多額の不良債権を抱えており、もはや単独での存続は不可能というレベルにまで到達している。

 なぜ、不良債権の山ができあがったのかというと、「軽種馬経営(生産、育成)は、経営収支の正確な把握が極めて難しい事業体である中、農協が生産農家を支えるための資金供与」を行なってきたものの「長引く軽種馬経営環境の悪化等により回収困難となっていったことが不良債権発生の主な原因と考えられる」と分析されている。(「日高管内JA合併・地域農協振興の骨子」9Pより引用)

 みついしを除く他の3農協が組合員に貸し付けている債権の総額は317億円。うち、正常債権が194億円、不良債権が123億円。不良債権比率は38.91%に達しており、北海道の各農協の中でも、極めて厳しい数字になっている。(全道平均では、不良債権比率5.5%、不良債権額は4億2600万円である)

 一方、唯一健全経営を維持してきたみついし農協は、2017年度の実績では、組合員への貸付金が12億6700万円、うち不良債権は1億3700万円。不良債権比率は10.20%でしかない。他の3農協の不良債権はひだか東農協の68億円(38.71%)、しずないの34億円(42.43%)、にいかっぷの21億円(34.91%)という内訳であり、それらと比較すると、圧倒的に健全さが際立つ。

 ただ、みついしとて、悩みがないわけではなく、この不良債権額の少なさは、融資の際の審査をより厳しくしてきたことの裏返しであり、「できるだけ貸さないように、また貸すにしても金額は極力抑えて」融資を行い、さらに「回収はきっちりと行なう」ことを徹底してきたため、今となっては、逆に健全な借り手が少なくなり、いずれこのままでは金融事業が成り立たなくなるだろうとも言われる。

 みついしは、他の3農協と明らかに財務内容が異なるとはいえ、やはり組合員の高齢化、後継者不足、離農など、共通の同じ悩みを抱えており、将来的には単独での存続が難しくなることが予想される。

 こうしたことから、合併に向け急速に動きが加速してきたわけだが、最大の懸案事項となるのが、不良債権処理の問題である。現状では、各組合員が保有する農地が担保になっているが、評価額の見直しにより、算出された不良債権の合計が3農協合わせて123億円に達することは、すでに触れた通りだ。

 うち、ひだか東農協の場合は、JAバンクからの支援を仰ぐとともに、「自助努力」も最大限に求められており、組合側からはすでに6月に開催された地区別懇談会にて「組合員1戸あたり、85万円の負担をお願いしたい」と具体的な金額が提示されている。

「ここまで来たら合併は後戻りできない」という状況になっており、組合員の多くは「合併やむなし」というムードだが、1戸あたりの85万円の負担金拠出に関しては異論が多い。「私は融資を受けてきたが、きちんと約束通り返済し、農協には一切迷惑をかけていない。なのに、どうして私のような健全経営の牧場も同じく85万円を負担させられるのか、納得できない」という意見もあれば、「組合員とは名前ばかりですでに高齢になっており、この先いつまで営農を続けられるか全く分からない私のような組合員にも、同じ額を負担しろというのは無茶だ」という意見もある。

 さらに「同じ軽種馬生産牧場とひとくくりにされると困る。経営規模も租収入の額も、経営内容も、みんな事情が違いすぎるのに、一律85万円で頭割するのは乱暴な算出方法だ」と疑問を呈する人もいる。

 組合は今後、一戸ずつを巡回して協力を求める方針のようだが、まだまだ予断を許さない状況が続く。最終的には来月下旬の臨時総会での議決により正式に合併が承認されることになるが、それまでにこの負担金問題をクリアしなければならず、さらなる紆余曲折が予想される。

 ちなみに、軽種馬に関してのデータを列記しておくと、合併を予定している4農協の生産牧場戸数は計501戸あり、サラブレッドの生産頭数は2016年の数字では約3800頭に達する。これはわが国で生産されたサラブレッドの総頭数の約6割に達する数字で、このことからも4農協の合併は、競馬サークルとも大きく関わる重要な問題だと言えるだろう。

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田中哲実

岩手の怪物トウケイニセイの生産者。 「週刊Gallop」「日経新聞」などで 連載コラムを執筆中。1955年生まれ。

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