一大決心 レンタルホースが愛馬に… 女性オーナーがもたらしたトウケイゴールドの馬生(2)

2019年04月16日(火) 18:00

第二のストーリー

▲ゴールデングローブが第二の馬生を送る秦野国際乗馬クラブ

レンタル制度からはじまったグローブとの日々

 札幌記念(GII)など重賞4勝のトウケイヘイローの全弟トウケイゴールドは、ゴールデングローブと名前を替えて乗馬となっていた。競馬がきっかけで乗馬を始めたS.Iさんとは、彼女が最初に会員になった乗馬クラブで出会った。

 S.Iさんが馬に初めて乗ったのは、今から5年ほど前。体験乗馬の際は、高さも気にならず楽しかったので、すぐに入会を決めた。

「ブーツ、ヘルメット、プロテクターなど、必要なものをその場で一式揃えました」

 こうしてS.Iさんの生活に、乗馬という要素が加わった。

「半年でワンクールの馬のレンタルという制度が始まるんです、と乗馬クラブの先生から誘われました。好きな馬が選べるのかなと思ってどの馬でもいいのですか? と聞いたら、この子なんですと言われて…。それがグローブでした」

 クラブのインストラクターに誘われるまで、S.Iさんはグローブの存在を全く知らないでいた。

「それまでほぼ先生しか乗ったことがない馬だったのですが、私も障害飛越のレッスンを始めて1、2か月だったので、ちょうど楽しくなってきた時期でしたし、レンタルを始めることにしました」

 複数の会員で1頭の馬をレンタルするケースもあるようだが、グローブをレンタルしていたのはS.Iさん1人だったので、自馬のような形となった。

「まったりしている子だなというのが第一印象でした。結構うまいジュニア会員や上級者がグローブに乗ったことがあって、感想を聞いてみると、とっても怖い馬だと(笑)。グローブがクラブに来たばかりだったというのもあったのかな…。走っちゃうとか驚いちゃうとか。私は特に怖くはなかったのですけど、障害をかなり飛ぶ子なのでパワフルなんですよね」

 普段は障害飛越よりもフラットワークの練習が多かったというが、落馬は障害を飛越時に何度か経験しているという。

「飛んだ時に馬上でバランスを崩して、馬はそのまま走っていくのでその遠心力で飛ばされたり…。ヘルメットが割れたりもしましたけど(笑)、怪我はなかったですね」

第二のストーリー

▲パワフルなグローブと日々レッスンを重ねた(提供:S.Iさん)

 グローブの競走馬時代の成績も調べた。

「レンタルに誘ってくれた先生に、トウケイヘイローの弟だという話は聞いていました。グローブの競走馬時代の動画も観ました。前重心なので、レースでも前に重心が行っているように見えました。ただ頑張っていて可哀想だなと思ってしまって、(観るのは)ちょっとしんどかったですね」

 サラブレッドは走るために生まれてきたとも言われるが、競馬は決して楽ではない。レースで苦しい経験をしてから、馬場入りを嫌がるようになる馬もいる。ましてや乗馬として身近に接している馬が、過去とはいえ懸命に走る姿を目にすると、胸が締め付けられるような感覚にとらわれるのも理解できる。

 半年ワンクールを終えて、また半年延長した。

「可愛かったですよ。名前を呼びながら厩舎に向かっていくと、顔を出して鼻で呼ぶんですよ。可愛いですよね。馬にしたら人参が来たって思っているのでしょうけど(笑)。

第二のストーリー

▲顔を出して鼻でS.Iさんを呼ぶグローブ

 でもパッと私を見た時の表情がすごい可愛くて。馬は目で語っている感じがありますよね。犬っぽいなと思います」

このままだとこの子の行き場は…

 S.Iさんはさらに半年延長し、結局ワンクールを3回、グローブとは1年半の付き合いとなった。だがそこで、S.Iさんとグローブに岐路が訪れた。

 実はグローブは、クラブに来た当初は障害馬として将来を嘱望された存在だった。

「はじめ先生はグローブで全日本(障害馬術大会)を目指していました。それがポイントを取っていく途中で、屈腱炎になってしまったんです。(※全日本障害馬術大会に出場するためには、ポイント対象競技でポイントを獲得してランキング上位になる必要がある)

 それで確か半年休ませて、治ってからレンタルの馬として私が乗り出したのですが、1年くらいでまた痛くなっていまいました。それで3か月ほど休んだりと、その後もちょくちょく脚を痛めていました」

第二のストーリー

▲S.Iさん「馬は目で語っている感じがあります」

 たびたび脚が痛くなるゴールデングローブは、レッスンにも使いづらく、このままクラブに在籍するのが難しくなってきた。脚元に不安がある馬に買い手はつかず、新たな行き先もなかなか見つからない。乗馬クラブ側も、利益が上げられない馬を置いておくのは、経営を考えると厳しいものがある。それはそのクラブに限ったことではないし、ある意味仕方のないことでもある。

「このままだとグローブの行き場がなくなってしまうかもしれない」

 1年半、ほぼ自馬のように付き合ってきたグローブ、S.Iさんが行くと鼻を鳴らして呼ぶグローブ。そう簡単には見捨てられなかった。昨年8月末にレンタルの期間を終えると、Sさんは一大決心をし、グローブを購入した。こうしてグローブは、レンタルホースからS.Iさんの正真正銘の愛馬になったのだった。
 
(つづく)

バックナンバーを見る

このコラムをお気に入り登録する

このコラムをお気に入り登録する

お気に入り登録済み

佐々木祥恵

北海道旭川市出身。少女マンガ「ロリィの青春」で乗馬に憧れ、テンポイント骨折のニュースを偶然目にして競馬の世界に引き込まれる。大学卒業後、流転の末に1998年優駿エッセイ賞で次席に入賞。これを機にライター業に転身。以来スポーツ紙、競馬雑誌、クラブ法人会報誌等で執筆。netkeiba.comでは、美浦トレセンニュース等を担当。念願叶って以前から関心があった引退馬の余生について、当コラムで連載中。

関連情報

新着コラム

コラムを探す