「今日もどこかで馬は生まれる」(1) 馬と人の共生をテーマにした映画が完成

2019年05月28日(火) 18:00

第二のストーリー

▲人と馬の共生を題材にした映画が完成した(提供:Creem Pan)

競馬や乗馬から引退した馬たちの現実…

 クラウドファンディングで製作資金を募り、210人の支援を得て製作された、馬と人の共生をテーマにした映画「今日もどこかで馬は生まれる」が完成した。映画を製作したのは「Creem Pan」。広告映像を製作する会社の同僚たちで結成されたチームだ。当コラムでもクラウドファンディングの実施期間中の昨年4月に3回に渡って紹介しているが、それを機に「Creem Pan」のメンバーとは折に触れて連絡を取るようになっていた。

 監督の平林健一さんによると、当初の予定よりも取材先がおよそ2.5倍に増えたという。「Creem Pan」のメンバーにはそれぞれ本業があり、その合間を縫って撮影をこなしてきた。完成予定からも大幅に遅れ、膨大な量にのぼった映像の編集作業は困難を極めた。

 そして今年3月31日に映画はついに完成する。「Creem Pan」結成が2017年10月で、その年の11月にこの映画が企画立案された。そこから作品完成までおよそ1年5か月を要したことになる。

 予告編からインパクトがあった。出産にともなう母馬のうめき声から始まり、馬に関わるそれぞれの立場の人が断片的に登場する。さすがプロが作っただけあって、映像も美しい。これは期待以上の映画になったのではないか。予告だけでそう予感させるものがあった。自らのFacebookに予告編をアップすると「どこで見られるのですか?」という問い合わせがこちらにもあり、馬が好きな人々の関心の高さを直接感じた。

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▲コスモビューファームでの出産シーン(提供:Creem Pan)

 美浦トレセンに完成の挨拶に訪れた「Creem Pan」の平林健一さんと平本淳也さんから渡されたDVDを自宅でじっくりと鑑賞する。気が重くなるシーンや、胸に迫るシーン、涙がこみ上げてくるようなシーンが続いた。およそ1時間半。エンドロールが流れ始めた。そこにはクラウドファンディングの支援をした人々の名前があった。それを眺めながら、映画自体は見終わったが、決してこれで終わりではない。そういう思いが込み上げてきた。

 馬の引退後の余生については、これが正解という解決策もないし、この世に生を受けたすべての馬たちが天寿を全うするのは現状では困難であることもわかっている。この課題は競馬という産業がある限り、永遠に続くのだという気持ちが自分の中に常にある。そして映画の終わり方自体も、私のその気持ちに呼応するものであった。だからこそ、映画を見終わってもそこで終わりではないという思いがこみ上げてきたのだろう。

 実は私も愛馬キリシマノホシとともに、この映画に出演させてもらった。企画段階でキリシマノホシのシーンは全く候補には挙がっていなかった。だが撮影が進んで4、5か月たった頃だろうか。是非キリシマノホシを撮影させてほしいという依頼を受けた。馬を引き取って時間がある限りともに過ごすという形が、馬との共生というこの映画のテーマに当てはまったからではないかと想像している。

 どのような人がキリシマノホシを引き取ったのかという紹介も兼ねて、私のトレセンでの取材風景の撮影もあった。その日はかなり雨が降っており、皆、ずぶ濡れになりながらの撮影となった。根本康広調教師と藤田菜七子騎手、国枝栄調教師、小島茂之調教師に実際の取材風景の撮影に協力して頂いたのも有り難かった。雨のトレセンを後にして、キリシマノホシのいる牧場へと移動する。

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▲筆者の愛馬、キリシマノホシの撮影風景(撮影:佐々木祥恵)

 キリシマノホシは、中央時代にこの馬の担当だった川越靖幸元厩務員と私が共同で所有している。2人にとってキリシマは、いまや家族同然の存在になっている。中央で勝ち星を挙げられず、3歳秋に園田競馬へと移籍したキリシマノホシは、10歳まで188戦、延々走り続け、2016年12月16日のレースを最後に引退。知人の尽力で畜産業者に渡っていたのが判明し、買い取ることができた。

 撮影場所となったヒポクリニック(現・一般社団法人ヒポトピア)には、2017年8月に某乗馬クラブから馬を移動させて、そこにいる他の馬たちの管理業務を手伝いながら、時間を作ってはできる限りキリシマの世話をしてきた。一緒にいる時間が長くなるに比例して、馬と人との信頼関係も深まっていった。普段は物見が激しいキリシマだが、撮影という事情がわかっているのか、カメラ等の機材があっても全く動じなかったし、私の言うこともいつも以上に素直にきいた。予告編の最後の方に、川越さんとキリシマノホシが馬場で遊ぶシーンが出てくるが、その撮影前も『私行くわよ』と、引き手からその気合いが伝わってきたほどヤル気満々だった。この馬は空気が読める。キリシマの賢さを改めて再認識する出来事だった。

 また馬場でキリシマと全力で遊べるのも、馬と人との信頼関係が築けてきた証だと思う。というのも、キリシマは人間の走る速度を計算して、自らの走り出しを遅くしたり、もの凄い勢いでこちらに向かってきても、決して人にぶつかるようなことはしないからだ。

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▲馬と人は、信頼関係が築ける(撮影:佐々木祥恵)

 馬と人は、このような関係を築ける。それを世の人々に知ってもらうのに、キリシマノホシの登場シーンは一役買ってくれたのではないかと手前味噌ながら思っている。

 この映画には、競馬ファン、騎手、馬主、調教師、生産者、引退馬関連のNPO法人、養老牧場、馬糞を活用してマッシュルームや馬糞堆肥を作る会社など、様々な立場の人々が出演して、それぞれの考えや思いを語っている。食肉センターに勤める方も馬の屠畜について、話をされていた。競馬や乗馬から引退した馬たちの現実を知り、皆どのような思いで馬と関わっているのか。その意見や現実の1つ1つが、胸に深く突き刺さるのだった。

 この映画を見終わった直後は、これで終わりではないと思いはしたものの、具体的にでは何をすればいいのかまでは思い及ばなかった。だが馬が置かれた現実を知ってもらうためには、この映画を多くの人々に見てもらいたいという気持ちが段々強くなっていった。私が思うくらいだから、製作した「Creem Pan」のメンバーも当然同じことを考えていたようで、今度はこの映画を広めるためのクラウドファンディングを5月16日から開始したのだった。

(つづく)


「今日もどこかで馬は生まれる」クラウドファンディング

https://camp-fire.jp/projects/view/139817/

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佐々木祥恵

北海道旭川市出身。少女マンガ「ロリィの青春」で乗馬に憧れ、テンポイント骨折のニュースを偶然目にして競馬の世界に引き込まれる。大学卒業後、流転の末に1998年優駿エッセイ賞で次席に入賞。これを機にライター業に転身。以来スポーツ紙、競馬雑誌、クラブ法人会報誌等で執筆。netkeiba.comでは、美浦トレセンニュース等を担当。念願叶って以前から関心があった引退馬の余生について、当コラムで連載中。

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