年々厳しさを増してきている「深刻な人手不足」

2019年11月21日(木) 18:00

環境は整っているが肝心の人材が足りていない

 生産地の人手不足は今に始まったことではないが、実感としては年々厳しさを増してきているように思える。騎乗者は言うに及ばず、最近では、馬房掃除などの厩舎作業に従事するパート労働者も見つからないという。「誰か、うちで働いてくれそうな人はいませんか?」とこの秋にも何度となく耳にした。どの牧場でも人を探しているという印象だ。

 浦河町にあるBTC(軽種馬育成調教センター)周辺の育成牧場の場合、騎乗スタッフの中核をなすのは、以前にも触れた通り、インド人である。

生産地便り

初冬を迎えた(写真はイメージです。本文とは関係ありません)

 浦河町役場によれば、10月末現在で当町に登録のある外国人は全部で258人。うち、インド人が最多の160人を数える。女性は2人のみで158人が男性である。次に多いのがフィリピン人の40人だ。

 彼らの大半は、育成牧場の騎乗スタッフとして来日しており、今後もおそらく減ることはないだろう。むしろ年々確実に増えてきており、牧場によっては、乗り役のほとんどが外国人というところも少なくない。どこの育成牧場でも「できることなら日本人が欲しいのはもちろんだが、いくら求人を出しても問い合わせすらない」と苦い表情を浮かべる。

「若くて、意欲的な若者が欲しい」と希望しても、まずそんな有為な若者は、すでにどこかで働いている場合が多いので、よほどの事情でもない限り、日高東部までは来てくれない、という。

 そもそもが、同じ日高でも、西部と東部では、まるで環境が異なる。先月訪れた日高西部の某大手育成牧場の責任者は「浦河の方は、日本人がいないんだってね。インド人ばっかりだって聞いたけどそうなの?」と真顔で聞かれた。「いえいえ、ばっかり、ということではないですよ。日本人も大勢いますよ」とフォローしてはみたものの、騎乗者の多数派が日本人ではなく、インド人になってしまっている現実は、確かに否定できない。

「じゃあ、この辺(日高西部、日高町門別、平取町など)は日本人が多いんですか?」とその育成牧場責任者に質問をぶつけると、「まだ日本人の方が数の上では多い。外国人騎乗者は、あくまで補助的な労働力であり、主体は日本人ですよ」と胸を張られた。

 その理由として、彼が挙げるのは地理的な条件の違い、であった。「札幌や千歳に近いこの辺りは、日本人の定着率が高い」というのである。「浦河の方は、あまり遊ぶところもないようだから、若い人間にとっては刺激がなくて面白くないかもね」とも指摘された。

 確かに、それは否定できない。しかし、だからといって、地理的条件は自らの努力で変えられるものではないから、それはあるがまま甘受するより他ない。

 ならば、今後、日高東部に、いかにして日本人の若者を呼び込むか。かなりの難題だが、ひとつは待遇の改善であろう。3Kの代表のようなこの業界は、ただでさえハードルが高く、まして辺地であればなおのこと条件が不利ではある。それをカバーするには、ひとつはまず根本的な待遇改善が必要だと感じる。

 浦河町の公式ホームページからは、ハローワークにリンクできるので、どんな牧場がどのような条件で従業員を募集しているものかと気になり、最新の情報を閲覧してみた。

 いやはや、驚くほどの数の求人情報が溢れている。土木、建築はもちろん、警備、水産加工、介護職、看護師なども多いが、牧場からの求人も大変な件数に及んでいる。

 条件はさまざまで、おそらくは年齢や経験、技能の程度によってかなり幅があるようだが、ざっくり言うと、18万円前後から30万円程度まで、くらいのところであろう。

 社宅や食事の有無などにもよるので給料だけの単純比較は難しいが、果たして、ここに掲載されている各求人を見て、実際に食指を動かす人がどれほどいるか、ということである。もっと言えば、現在、すでにどこかで働いている人にとって、これらの求人がどのくらい魅力的に映るか、ということでもある。

 騎乗者以外の厩舎作業スタッフの募集は、多くがパートだが、時給は概して安めに設定されている。861円などとあるのは、これが北海道で定められている最低賃金だからである。これで人を集めようというのは、やや厳しくないだろうか。

 ともあれ、土地と施設はあり、馬もいる。にもかかわらず肝心の人材が足りていないために、業界の形が徐々に歪んだものになってきている気がしてならない。馬券売り上げが好調な今のうちに有効な施策を講じなければいずれ大変なことになってしまう、と感じている。

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田中哲実

岩手の怪物トウケイニセイの生産者。 「週刊Gallop」「日経新聞」などで 連載コラムを執筆中。1955年生まれ。

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