【日本ダービー】コントレイル誕生秘話(1) 矢作師が明かす“ホースマン前田幸治”の素顔 /「出会いからして強烈でした」

2020年05月25日(月) 18:02

ノンフィクションファイル

▲(左から)矢作調教師、前田オーナー、コントレイル主戦の福永騎手 (提供:PRC)

今週末のダービーで、二冠に挑むコントレイル。生産したノースヒルズを率いる前田幸治氏は、日本競馬界屈指のオーナーブリーダー。それだけに、“豪快でちょっと怖い”イメージを持っている方も多いのではないでしょうか。

しかし、「よく知らない人はそうでしょうね、本当に“気遣い”の人です」と語るのは、同馬を管理する矢作調教師。数いる調教師の中でも、とりわけ前田オーナーからの信頼が厚い矢作調教師ですが、おふたりがたどってきた道は決して平坦なものではありませんでした。

長い年月をかけて築き上げた道の先に誕生したのが、コントレイルという至宝。ダービーを前に、前田オーナーと矢作調教師の絆、コントレイル活躍の理由に迫ります。

(取材・文=不破由妃子)

※このインタビューは電話取材で行いました。

初対面でいきなり叱責!? 新人の頃は「怖い人」

──いよいよダービー週となりました。不動の大本命馬、コントレイルで二冠に挑むわけですが、コントレイルといえば、前田幸治氏率いるノースヒルズの生産馬。これには感慨深いものがあるそうですね。

矢作 会長(前田幸治氏。コントレイルのオーナーは、幸治氏の弟である晋二氏)とは、出会いからして強烈でしたからね。もうずいぶん前の話だけど、初対面でいきなり叱責を受けまして(笑)。

──先生が新人調教師の頃ですか?

矢作 開業前ですね。調教師試験に受かったので、伯父(トウメイなどを管理した坂田正行元調教師)と一緒に会社にご挨拶に伺ったんです。こっちは開業前だから、やっぱり理想を語るじゃないですか。そうしたら、「生意気だ!」と。「初対面なのに、なんでこんなにボロクソ言われなきゃいけないんだろう」と思ったものです。だから、新人調教師の頃は「怖い人」っていうイメージしかなかった。

──なるほど(笑)。一生懸命アピールしたのに、一蹴されてしまったわけですね。

矢作 はい。そんな感じでした。

──ほかの厩舎からの転厩馬以外では、2008年の11月にデビューしたイルトロヴァトーレ(3戦未勝利で高知へ転籍)がノースヒルズからの最初の預託馬ですよね。前田幸治オーナーとの距離が縮まる、なにかきっかけがあったのですか?

矢作 2007年の春に、会長から突然「仔馬が生まれたけど、いつ見に来られる?」って電話があったんです。その頃は今よりもっと頻繁に北海道に行っていたので、その電話をもらったときも、たまたま日高にいたんですよね。だから、「今から行きます」って言って、本当にすぐ見に行きました。もしかしたら、そのスピード感を気に入ってくれたんじゃないかな。

──そのとき見に行った馬というのが…

矢作 ラナンキュラスです。ラナンキュラスといえば、ファレノプシスの仔ですからね。正直、なんで俺に電話をくれたんだろう…と思ったけど、今のように大きいレースを勝っていたわけではないにしろ、順調に成績を挙げていたので、やっぱり気に留めてくれていたのかなと。

ノンフィクションファイル

▲新馬戦優勝時のラナンキュラス、鞍上は四位洋文騎手(当時) (C)netkeiba.com

馬が走らないことに対しては何も言わない「本当にカッコいい人」

──それにしても、突然のお電話には驚いたのではないですか?

矢作 驚きましたね。当時の矢作厩舎といえば、ちょうど売り出し中みたいな時期で、馬房も増えてきていた時期だったので、ものすごくいいタイミングだったと思います。なにしろ、そのラナンキュラスが走ってくれましたからね。

──新馬、りんどう賞と2連勝し、阪神ジュベナイルフィリーズも僅差の4着。フィリーズレビュー2着から、桜花賞に駒を進めました。

矢作 はい。会長との関係性が変わったのは、牧場にすぐに見に行ったことも含め、なによりもラナンキュラス。そう思いますね。ただ、ラナンキュラス以降がね、まったく結果を出せなくて。

──確かに、どの馬も2勝目のハードルをなかなか越えられなくて。当時は相当なジレンマを抱えていらしたのではないですか?

矢作 コントレイルのお母さんのロードクロサイトもそうですけど、けっこういい馬を買ってもらってましたからねぇ。ノースヒルズの生産馬も、期待の持てる馬が多かったですし。それなのに、全然結果が出なくてね。「これは切られても仕方がないかな」っていう感じでしたね。

──当時は前田幸治オーナーからもお叱りを受けたのでは?

矢作 いや、それがね、馬が走らないことに対しては、何も言わない人なんです。たとえば、「走らせろよ!」とか「ちゃんと仕事してんのか!」とかね、そういういらんことは一切言わない。本当にカッコいい人ですよ。走らないことを責めるより、「おい矢作、いつか走らせような。いつかGIを獲ろうな」って。結果を出せないときも、いつもそう言ってくれました。

──懐の深い方なんですねぇ。正直私も、豪快でちょっと怖いイメージを持っていましたが(苦笑)。

矢作 かつての僕がそうだったように、会長をよく知らない人はそうでしょうね。でも、世話になっている今では考えられないことで、会長を知らないだけだよって思います。とにかくいろんな人に細やかな気遣いをしてくださる方なんですよ。本当に“気遣い”の人です。たとえば、僕の好みを覚えていてくれて、その好みに合ったものを出してくれたり、送ってくれたり。

 ラニがベルモントSに出たときも招待してくれたんですけど、招待してやった、呼んでやったという感じでは一切なくて、一緒に連れて行った妻のこともすごく気遣ってくれました。レースの翌日には、一緒にバスに乗って観光したりしてね。なかなかできないことだと思いますよ。気遣いということではもうひとつ、人気で負けたときも、一切文句を言わないんです。

──それもまた、なかなかできることではないような。

矢作 そうですね。実際、競馬ではしょっちゅうあることですけど、調教師にとっては、人気で負けたあとに馬主さんに電話をするのが一番嫌なんですよ。だけど、会長は怒らないってわかっているから、「すみませんでした。次は頑張ります」とだけ言います。怒らない代わりに言い訳を嫌うので、絶対に言い訳だけはしません。「次は頑張ります」の一言ですべてを呑んでくださるのは、本当にありがたい。

ノンフィクションファイル

▲「“次は頑張ります”の一言ですべてを呑んでくださる、本当にありがたい」 (C)netkeiba.com

──ホースマンとして、また経営者として、前田幸治オーナーに感化されたところはありますか?

矢作 やはり、従業員がみんな同じ方向を向いているということですね。矢作厩舎も似ているところはありますが、会長はある意味、カリスマですから。それを可能にしているのは、さっき話した細やかな心遣いや気遣いができる方だからこそ。僕もそういうリーダーでありたいと思いますね。

(文中敬称略、26日公開の第2回につづく)

バックナンバーを見る

このコラムをお気に入り登録する

このコラムをお気に入り登録する

お気に入り登録済み

netkeibaライター

netkeiba豪華ライター陣による本格的読み物コーナー。“競馬”が映し出す真の世界に触れてください。

関連情報

新着コラム

コラムを探す