ひっそりと調教師がガッツポーズをした理由 ―九州産馬限定・霧島賞―

2020年07月21日(火) 18:00

九州産馬限定の霧島賞。昨年、検量室前に勝ったキヨマサが戻ってくるまでのわずかな間、こらえきれぬようにひっそりとガッツポーズをした調教師がいました。松浦聡志調教師(兵庫)、42歳。3歳以上の九州産馬が年に一度目指す霧島賞ですが、前年は2着に敗れ、苦しい一年を過ごしてきた背景がありました。「2着の調教師の気持ちを考えると、本当はああいうことをしたくない派なんですけど、秘めていたものが出てきました」と並々ならぬ思いを抱いていたようです。

同オーナーのヨカヨカが阪神で新馬戦を勝利したことでも注目を集める九州産馬。松浦師と九州産馬・キヨマサにまつわる「ちょっと馬ニアックな世界」を覗いてみましょう。

毎年の目標・霧島賞を前に襲ったアクシデント

 九州は熊本県で生まれたキヨマサは2015年、JRAでデビューしました。未勝利のまま3歳秋に園田・姫路競馬に移籍し3勝を挙げると、4歳冬にJRAに再転入。2016年、JRA所属馬として霧島賞を制覇しました。その後は障害戦に活躍の場を移していたましたが、2017年の初夏、松浦聡志厩舎に移籍してきました。

「霧島賞に出走したいというオーナーの思いがあったと思います」と松浦師。

 移籍2戦目、キヨマサにとって2回目の出走となる2017年霧島賞は「自信がありました。併せ馬になったら絶対に交わさせることはないやろうと思っていました」と振り返ります。

 その言葉通り、先頭で迎えた4コーナーでテイエムチューハイに並びかけられ一騎打ちとなりましたが、最後まで抜かさせずアタマ差で勝利。3頭目となる霧島賞連覇を達成しました。

 そうなると、次なる目標は3連覇。9月の霧島賞に向けて5月から始動し、地元でレースを重ねていましたが、アクシデントが襲いました。

 8月のナイターで行われた地元のオープン特別で勝負所からズルズルと後退。勝ち馬から6秒差の最下位と、不可解な敗戦を喫したのです。すると、レース中に心房細動を起こしていたことが判明。大目標の霧島賞まであと1カ月での出来事でした。

 厩舎で丁寧にケアをしたり、状態を確認しながらの日々。「よくあそこまで馬が持ち直しました」と、アクシデントを乗り越えて、3連覇のかかる霧島賞に出走することができました。

 レースは2〜3番手から運び、4コーナーでは先頭に並びかけました。ところが、すぐ後にいたコウユーヌレエフが外から伸び、併せ馬に持ち込みましたが3/4馬身差で2着。史上初の3連覇の夢は途絶えました。

馬ニアックな世界

▲僅かに先着を許して2着…

 それでも最後まで粘り強さを見せたキヨマサ。

「キヨマサの底力ですよね。あの馬には本当に感謝しています」

 普段から管理馬のことを人一倍、可愛がっている松浦師は、何度もキヨマサの頑張りを称えました。

 ところが、この敗戦が松浦師に大きなプレッシャーを与えていくこととなります。

あふれる涙、前年の敗戦を乗り越えての勝利

 地元に帰ってくるとオープン戦で活躍を見せます。年が明けた2019年の重賞・新春賞ではエイシンニシパの3着。3月には兵庫へ再転入後初めて地元勝利を挙げるなど状態の良さが窺えました。

 しかし、好事魔多し。ふたたび体調を崩してしまい、2カ月の休養に入りました。

「エサも変えました。これまでタンパク質をあげていたんですが、バランスよくビタミンやアミノ酸が入っているものにしました。キヨマサがきっかけで、どの馬に対しても内面を気にかけはじめました。なかなか成績には出ていませんが、内面が良ければ1年中走れるんじゃないかなと思って。

 馬との出会いは一期一会と感じていて、どの馬も可愛いです。最下級のC3馬でもオープン馬でも、『ちょっと疲れてきたな』って感じたら、キヨマサと同じエサをあげます。僕はジョッキー出身なので、仕上げに関しては厩務員経験者との差はあると思うんです。だから、ちょっと値段は高いですけど、エサとかできることはなるべく取り入れようと思いました」

 6月に戦列に復帰し、5着。そして昨夏、4回目の出走となる霧島賞に挑みました。

「いまできる最大の仕上げやなって厩務員と話していました。一昨年、2着に敗れた時に比べると『勝ってくれるかな!?』ってくらいの自信はありましたけど、なんせJRAの馬がいるでしょ!?芝を走っていた馬でもJRAの馬と戦うのは怖いですね。でも、キヨマサも実績があるので、もちろん負けられへんって思いがあったので、そこはもうしんどかったですね」

 佐賀競馬の重賞として行われる霧島賞の出走条件は3歳以上でJRAは2勝クラスの馬、地方馬はオープン馬。JRA所属馬では不可能な3勝目を目指す立場として大きなプレッシャーを感じていました。

 迎えたレースは中団やや後ろから。向正面に入ると徐々に前に進出し、4コーナーで先頭に立つとそのまま押し切っての勝利を遂げました。それまでの3年はいずれもゴール前接戦でしたが、2着に6馬身差をつけての圧勝。勝ち時計1分26秒8はレースレコードタイでもありました。

馬ニアックな世界

▲リベンジに燃えた昨年は6馬身差の圧勝!

「やっぱりこれだけ走れるんやって思いが込み上げてきました。一昨年2着に敗れてしまって、大きなプレッシャーから解き放たれたというか……」

 こらえきれずガッツポーズをした松浦師。

 負けた陣営の気持ちを考えると、派手な喜び方はしたくないという考えなだけに、この1年の苦悩や喜びが凝縮されたガッツポーズに感じました。1着の枠場の前で、たった一人でひっそりと。写真手前に他騎手が写っているように、レースから引き揚げてきた人馬が慌ただしく出入りする中、喧騒に紛れてのものでした。

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▲喧騒に紛れて小さくガッツポーズ

 そして、自然と涙があふれだしました。

「もう、それまで苦しかったので……。勝って当たり前の馬が一昨年はああいうことになってしまって、責任がありましたから。一昨年は改めて競走馬の難しさが分かりました。でも、この時は山口勲騎手が先頭に立ってからも馬の気を抜かせずに乗ってくださって、トップジョッキーやなって思いました」

馬ニアックな世界

▲嬉しい嬉しい勝利になりました

馬ニアックな世界

▲口取り式の様子

 もちろん今年も霧島賞を目指すキヨマサ。

 7月10日の地元戦ではスローペースの不良馬場を後方から伸びて4着と見せ場たっぷりでした。

「いまは大山ヒルズで過ごしています。8月中頃に帰厩して、9月8日の霧島賞に直行する予定です。毎年、霧島賞の季節になると人間がピリピリしてしまいますが、経験を重ねてきてマシになってきたかなと思います」

 霧島賞勝ち馬は負担重量が1kg増えるため、今年は59kgでの出走。

「59kgを背負う馬をやらせてもらっている、とポジティブに考えて頑張ります!」という松浦調教師の挑戦に今年も注目です。

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大恵陽子

競馬リポーター。競馬番組のほか、UMAJOセミナー講師やイベントMCも務める。『優駿』『週刊競馬ブック』『Club JRA-Net CAFEブログ』などを執筆。小学5年生からJRAと地方競馬の二刀流。神戸市出身、ホームグラウンドは阪神・園田・栗東。特技は寝ることと馬名しりとり。

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