治療経過とギャンブル離れ

2020年12月10日(木) 12:00

 ひと月半ぶりに行きつけの理容室で髪を切ってきた。店に入ると、担当のガッキー君も、よく話すユースケ君も、そして店長も、「いらっしゃいませ」と言いながら、素早く私の頭頂部に目を走らせる。彼らにとっては職業柄普通のことなのかもしれないが、私にとっても、ここひと月ほど、そうして見られることが日常になっている。

 本稿にハゲネタを書いて以降、会う人のほとんどが、まずチラリと私の頭に目線を動かすようになった。そのうち何人かは、ダジャレではないが、励ましの言葉をかけようか迷っている気配を感じさせる。が、もっかのところ、生え具合をストレートに訊いてくる人はいない。私の脱毛地帯は頭頂部にあるので、正面からだとわかりづらい。そのぶん相手にもどかしい思いをさせているようで、申し訳なく思う。

 話は理容室に戻る。私が椅子に座ると、後ろに回ったガッキー君の驚いたような顔が鏡越しに見えた。

「うわっ、増えましたね」とガッキー君。

「そうかな。自分では毎日見てるから、よくわかんないんだよね」

「いや、だいぶ生えてきています。リアップを始める前より増えたと思います」

 増える。生える。この言葉をどれだけ待ち望んでいたことか。

 ガッキー君が、ハサミを動かしながら「うん、うん」と頷き、私の頭頂部の毛を撫で、こうつづけた。

「ぼくも嬉しいです」

 私は小さく感動してしまった。

 私が発毛剤「リアップ」を塗りはじめたのは今年8月初めのことだった。その後、初期脱毛で薄くなった私の頭を見たガッキー君は、動揺を隠して言った。

「お客さんで増毛法をやっている人はいるんですけど、リアップをしている人は初めてなので、楽しみです」

 そして、薬を塗布しやすいよう頭頂部を短く切りつつ、お洒落っぽい見た目に仕上げてくれた。

 そんなガッキー君は、私の感覚としては「戦友」なのである。

 リアップを使いはじめてから、もうすぐ18週になる。前にも書いたように、大正製薬の臨床データによると、16週後には軽度改善が70%強、中等度改善が10%強と、80%以上の被験者に効果が見られると医師が評価している。18週後のデータはないのだが、20週後には中等度改善が37.5%となっている。私の状態は、「薄くなった領域が、新発毛により部分的に被われているが、薄くならなかった領域に比べると密度は低い[容易に識別できる]」という中等度改善に当てはまると思う。

 肌色のカッパの皿が小さくなり、黒っぽくなった、と言えばわかりやすいだろうか。

 今も確かに皿はあるのだが、ショートヘアにすると目立たなくなる。

 最後にドライヤーで仕上げたガッキー君は、「こうしたら、もう普通……ではないかもしれませんが、ほとんどわからないですよ」と微笑んだ。

 彼が言いかけた「普通」の状態は、「薄くなった領域がほぼ完全に被われている。毛髪の密度は薄毛化していない領域とほぼ等しい」という「著明改善」で、前出の臨床データでは24週後から出現しはじめる。私の症状があと6週でそこまで改善されているとは思えないが、くじけず、治療をつづけていきたい。

 さて、私はこのコラムのネタ探しのために、ピーアール会社から毎日アンケート調査などのプレスリリースを受け取っている。

 そのなかにひとつ、「これは使える!」と思いながら、ネタにする機を逸して2カ月ほどになるデータがあるので紹介したい。

 株式会社レソリューションが全国の20代の男女を対象に実施した「若者の生活と〇〇離れ」に関する調査である。

 その調査によると「興味・関心のあるもの」の上位は、次のようになっている。

第1位 音楽(56.6%)
第2位 ファッション(46.3%)
第3位 料理(42.3%)
第4位 映画・演劇(36.0%)
第5位 ゲーム(30.7%)

 別にどうということのない結果である。面白いというか、見るべき結果が出ているのは「興味・関心のないもの」のランキングだ。

第1位 ギャンブル(63.3%)
第2位 タバコ(60.7%)
第3位 クルマ(39.2%)
第4位 投資(36.3%)
第5位 お酒(30.0%)

 ギャンブルに興味がない理由(タバコやお酒に対する回答も含む)を、若者たちは次のように答えている。

正直、興味を持ちたくないと思っているから(女性/パート・アルバイト/千葉県)
精神面にも身体面にもあまりいい影響を及ぼさなさそうだから(女性/会社員/神奈川県)
お金も時間も無駄(男性/会社員/富山県)

 なるほど。「お金も時間も無駄」と断じた富山県の男性は、私の前に立っても、同じことが言えるのだろうか。

 もし言ってきたら、私はこう返してやる。

「キミの言うとおりだ」

 お金も時間も無駄にするのがギャンブルで、別に私たちは、そうすることによって何かを学ぼうとしているわけではない。無駄だから遊びになるわけで、私はただ、遊びでメシを食っているだけのことだ。

 ちなみに、ギャンブルに興味があると答えた人は最下位の3.7%。調査人数が1054人なので、39人が興味を持っているわけだ。

 へえ、そんなにいたのか。それだけいれば十分じゃないか、と思ってしまうのだが、この感覚はおかしいのだろうか。

 その39人に、ぜひ会ってみたい。

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島田明宏

作家。1964年札幌生まれ。Number、優駿、うまレターほかに寄稿。著書に『誰も書かなかった武豊 決断』『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡』(2011年度JRA賞馬事文化賞受賞作)など多数。netkeiba初出の小説『絆〜走れ奇跡の子馬〜』が2017年にドラマ化された。最新刊は競馬ミステリーシリーズ第6弾『ブリーダーズ・ロマン』。プロフィールイラストはよしだみほ画伯。バナーのポートレート撮影は桂伸也カメラマン。

関連サイト:島田明宏Web事務所

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