あのJ・GI馬たちも乗馬として活躍中!“名手・四位洋文”を生んだ、霧島高原乗馬クラブを訪ねて(1)

2021年12月13日(月) 18:01

四位調教師

▲四位調教師が考える、競走馬たちのセカンドキャリアとは (撮影:山中博喜)

鹿児島空港から車を走らせること約30分。霧島連峰を望む国道沿いに、その乗馬クラブはあります。『霧島高原乗馬クラブ』。ここは、わずか8歳の四位洋文少年が、馬乗りとしてのキャリアをスタートさせた地です。

当時から元競走馬をリトレーニングし、乗馬としてのセカンドキャリアを切り開いてきた当クラブですが、それは40年以上の時を経た今も変わらず、多くの元競走馬たちが活躍中。中山大障害を制したチャンピオンホースも2頭在籍しています。

そこで、12月25日に行われる中山大障害を前に、チャンピオンホースたちの今を現地レポート。また、四位調教師の幼馴染であり、現在もトップライダーとして活躍中の村岡一孝さんのご協力を得て、リトレーニングの手法や今後の課題なども取材し、中山大障害を挟んでの全3回の短期連載としてお届けする予定です。

第1回となる今回は、現地レポートに先立ち、当クラブと連携して競走馬たちのセカンドキャリアを支え続ける四位洋文調教師をインタビュー。これまでの経緯や引退馬支援の今について熱い思いを明かしてくれました。

(取材・構成=不破由妃子)

「馬の福祉」――世界中のホースマンの意識が高まっている

──ひと昔前は、タブー視されることが多かった競走馬たちの“その後”。昨今は、引退馬支援が多様化し、その活動内容や支援を呼びかける声が広く伝えられるようになりました。そんななか四位先生は、1990年代から競走馬のセカンドキャリアに向き合い、ご自身が子供の頃に在籍していた『霧島高原乗馬クラブ』と連携し、乗馬としてのセカンドキャリアの構築を進めてこられたそうですね。

四位 僕は、乗馬として素質がありそうだなと思った馬を送り込んできただけですけどね。というのも、僕がいた乗馬クラブは、昔から引退した競走馬を乗馬用にリトレーニングしていたし、僕も子供の頃はリトレーニングした元競走馬で競技会に出ていましたから。

 だから、乗馬として素質がありそうだなと思う馬がいれば、まずはその馬の関係者に打診してみて、「連れて行っていいよ」というお返事をもらえたら、霧島に連れて行く。昔は僕自身が譲り受けたりしたこともありましたけどね。

──タイキパイソンですよね(平地から障害に転向し、1997年に引退)。

四位 そうです。藤沢(和雄)先生を通して馬主さんに許可をもらってね。最初は関西の乗馬クラブに預けて、最後は霧島に連れて行って。

──当然、預託料などはご自身で負担されて。

四位 もちろんです。すごくおとなしくて、子供たちの遊び相手になってくれるような馬でした。当時、小学校低学年だった僕の娘も、夏休みや正月に霧島に帰るとパイソンに乗ってましたよ。

──乗馬として成功するには、やはりおとなしいことが条件?

四位 一番は性格ですね。競走馬にも競馬以外のときに見せる“素の性格”というものがあって、たとえば「子供たちが練習をするのに向いているな」とか、インスピレーションで伝わってくるものがある。あとはやっぱり背中が柔らかいこと。走っているときに背中が上手く使える馬は向いていると思います。

──現在、霧島高原乗馬クラブには、中山大障害を制したニホンピロバロンとレッドキングダムがいるそうですね。この2頭も四位先生が送り込んだのですか?

四位 レッドキングダムは、マコちゃん(西谷誠騎手)が乗っていたでしょ? 性格はちょっときついんだけど、マコちゃんいわく「乗馬としていいと思います」とのことだったので、じゃあ連れて行こうかと。

 マコちゃんは僕の師匠の長命信一郎さん(霧島高原乗馬クラブのオーナー)とも知り合いで、彼も引退競走馬のセカンドキャリアには一生懸命に向き合ってくれています。その都度「鹿児島に送りました」って報告をくれてね。

 ニホンピロバロンは、引退後の行先を探していた田所(秀孝調教師)先生のほうから「鹿児島に連れて行ける乗馬クラブがあるんだって?」と声を掛けてくださって。いろいろ説明させていただいたところ、「じゃあお願いしていいかな」と任せてくれたんです。

 あの馬も本当におとなしい馬でね。その年の暮れに霧島に見に行ったときには、子供を乗せて障害をピョンピョン飛んでました。本当に賢い馬だなぁと思いましたよ。

 あと、3歳馬の頃に僕が乗っていたレッドエルディスト(2016年青葉賞2着、神戸新聞杯3着)も霧島にいますよ。とっても性格のいい馬で、しかも白くて(芦毛)見栄えもいい。可愛い馬だったから、笹田(和秀調教師)先生に「この子は絶対に乗馬に向いてると思うのですが、どうですか?」と打診してみたら、すぐに先生がオーナーに掛け合ってくださって。それで連れて行けることになったんです。笹田先生にもいつもお世話になっていて、乗馬に合うような馬がいると積極的に動いてくださっています。

──今、お話に出た方々もそうですが、みなさんセカンドキャリアの確保や確立に奔走されているんですね。

四位 それはもう世界的な動きだと思いますよ。引退競走馬の処遇については、国際会議などでも議題に上がっているでしょうし。馬の福祉に対しては、世界中のホースマンたちが、より意識を高めているところだと思います。

 その点、今はネット社会が成熟してきて、サラブレッドオークションもある。たとえばJRAで成績が頭打ちになったとしても、オークションで新しいオーナーさんがついて、地方競馬で再デビューするというケースも増えてきています。ネットがなかった時代を思えば、窓口や選択肢が明らかに広がりましたよね。それによって頭数を確保できる地方競馬の活性化にもつながりますし。

 あと、今と昔で違うのは、馬術の世界と競馬の世界がつながってきたこと。

──それはありますね。普段の調教にも、馬術の技術が積極的に取り入れられていますし。

四位 そうですね。昔は「競馬は競馬、馬術は馬術」で、丸っきり違う世界でしたから。ここ15年くらいですかね、ふたつの世界がだいぶつながってきて、広がりが出てきた。乗馬としてのセカンドキャリアを確立するという意味では、すごく大きなことだと思います。

四位調教師

▲「馬術の世界と競馬の世界がつながってきたことが大きい」と四位調教師 (撮影:山中博喜)

──ネット社会の成熟でいえば、引退競走馬を支えるためのクラウドファンディングも活性化していますよね。

四位 僕が思うに、『ウマ娘』が起爆剤になっている面もあると思いますよ。実際、ナイスネイチャを支えるための寄付金がだいぶ集まっているという話ですから。これはもうすごくいいことですよね。

──パイは広ければ広いほどいいし、窓口も多ければ多いほどいい。

四位 そうそう、入り口はなんでもいいんだから。引退馬支援は、JRAもすごく力を入れている分野ですし、ひと昔前に比べれば、だいぶいい流れにあるとは思いますね。

──いっぽうで、四位先生が考える今後の課題は?

四位 それはもう乗り手不足です。競馬界だけではなく、馬術の世界もそうだと思いますけど、今はどこも人材不足。もっと多くの馬にリトレーニングを施したくても、それができる乗り手があまりにも少ないんです。人材を確保するために協賛金を募ったりしている乗馬クラブもあります。そういう運動は地道にしているんですけどね。

──大きな課題ですよね。競走馬のセカンドキャリアを確保するにしても、乗り手不足が解消されないことには、おのずと限界が出てきてしまう。

四位 そうなんです。そこが一番の課題であり、憂うべき点ですよね。そもそも、乗馬人口がまだまだ少ない。気軽に馬に乗れる場所がないという難しさは当然ありますが、たとえばさっきも話に出た『ウマ娘』をはじめ、ゲームも十分きっかけのひとつにはなると思うので、少しずつでも馬の魅力が一般の人にも浸透していってね、乗ってみたいなと思う人がひとりでも増えてくれたらいいなと思ってます。

 僕は僕で、調教師としての責務を果たしながら、引き続き1頭でも多くのリトレーニングやセカンドキャリアのサポートをしていきたい。微力ではありますが、ライフワークのひとつとして、ずっと続けていきたいです。

(文中敬称略)

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四位洋文

1972年11月30日、鹿児島県生まれ。JRA栗東所属の調教師。騎手時代は2007年の日本ダービーでウオッカに騎乗し、64年ぶりの牝馬ダービー制覇を達成。翌年の日本ダービーではディープスカイに騎乗し、史上2人目の連覇を成し遂げる。JRA通算1586勝。2019年12月新規調教師免許試験に合格。2021年3月に栗東で厩舎開業。

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