ダービーへの最終切符

2022年05月12日(木) 12:00

 先週土曜日のプリンシパルステークスで、6番人気のセイウンハーデス(牡、父シルバーステート、栗東・橋口慎介厩舎)が半馬身差で優勝。5月29日に行われる第89回日本ダービーの優先出走権を獲得した。

 セイウンハーデスは、「ニシノ」「セイウン」の冠で知られる西山茂行オーナーの所有。生産は、浦河の鮫川啓一牧場。鮫川さんは、この連載で昨年4月8日にアップした「アユツリオヤジとレイパパレ」に記したように、種牡馬となったブルドッグボスや、府中牝馬ステークスなどを勝ったオースミハルカ、その半弟で新潟大賞典などを制したオースミグラスワンなどの生産者でもある。

 ここに記した馬のうち、ブルドッグボス以外は、鮫川さんの曾祖父の鮫川由太郎さんが1932(昭和7)年に小岩井農場から購入したスターリングモアの血を引いている。さらに遡ると、1907(明治40)年にイギリスから輸入された「小岩井の牝系」の1頭、フロリースカツプに行き着く。

 スターリングモアの孫にあたる牝馬トサモアーが「鮫川血統」の基幹となる牝系を形成し、現在に至る。今年のダービーへの最終切符を勝ち取ったセイウンハーデスも、この牝系の出身である。

 鮫川さんの生産馬がダービーに出るのは今回が初めてだ。が、鮫川さんの父・鮫川三千男さんが生産したカツラノハイセイコが1979(昭和54)年のダービーを勝っている。なので、鮫川家の牧場の生産馬としては、それ以来、43年ぶりのダービー出走ということになる。

 鮫川家本家の鮫川牧場から初めてダービーに出走したのは前出のトサモアーで、1956(昭和31)年に25着になっている。2度目が1966(昭和41)年のソロモン(トサモアーの息子)で、2着。3度目が1969(昭和44)年のリキエイカン(トサモアーの孫)で、4着。カツラノハイセイコだけはトサモアーの姉の第三スターリングモアノ一のひ孫なので、トサモアーの前に分岐した牝系の出身ということになるが、広義の「鮫川血統」の馬としては、セイウンハーデスは5度目のダービー出走を果たすことになるわけだ。

 鮫川さんの牧場にいる繁殖牝馬の9割以上がこの血脈だという。こだわりを持ち、夢を抱きながら、結果を出しつづけてきた。そうした人と馬との何世代にも渡る共同作業のすえに生まれたセイウンハーデスが、選び抜かれた18頭しか出られない「競馬の祭典」への最終切符を手にし、覇を競うのかと思うと、ワクワクする。

 管理する、開業8年目の橋口慎介調教師にとっては初めてのダービーとなる。父である橋口弘次郎元調教師は、20度目の挑戦となった2014年にワンアンドオンリーで念願のダービー初制覇を果たした。

 騎乗する幸英明騎手にとっては2013年のテイエムイナズマ(6着)以来、9年ぶり、9度目のダービー騎乗となる。2006年にロジックで5着になったのがこれまでの最高だ。

 セイウンハーデスに関して、幸騎手は「折り合いがつくので、距離が延びても大丈夫」と話し、橋口調教師も「距離が延びたほうがいい」とコメントしているのが心強い。

 相手となる皐月賞の上位組は相当強いが、健闘を期待したい。

 さて、今週火曜日(5月10日)の大井競馬第3レースを1番人気で勝ったギレルモが、出馬表には「牡」と表示されていながら、レース後の馬体検査でセン馬であることが判明した、とニュースになった。

 大井競馬場の公式サイトの「NEWS」のコーナーに、「第3回大井競馬第2日目第3競走の出走馬について」というタイトルで、事実関係の説明と、ファンに対するお詫びが掲載されている。

 また、管理する田中正人調教師は、ツイッターで「ギレルモの件につきましては 全て私に責任があります」と、セン馬であることは知っていたが、書類上の変更が完了していると思い込んでいたという背景を説明し、謝罪している。

 せめてもの救いは、この馬が単勝2.0倍という断然の支持を得て勝ったことだ。一流の森泰斗騎手を背に、「勝つべくして勝った」というのもよかった。これがもし、下位の人気で激走して馬券に絡んでいたら、「去勢したことを知っていれば、おれも馬券を買っていた」という怒りの声が、そこここから上がって、もっと大きな問題になっていたのではないか。

 逆に、もしこの馬が下位に敗れて、そのあと「実はセン馬だった」ということがわかったとしても、知らずに馬券を買った人は怒っていただろう。

 いずれにしても、公営ギャンブルに求められる「公正の確保」という点では非常にまずい。前述した「NEWS」に「本件の原因究明及び再発防止に取り組む」とあるので、その結果も、きちんと発表してほしい。

 これを報じたスポニチアネックスの見出しが「大井競馬で珍事 3R制したギレルモは牡馬でなくセン馬、レース後に判明」となっていた。最初は特に何も考えずに読んでいたのだが、しばらくしてから「珍事」はシャレだということに気がつき、笑ってしまった。

 こういうことによる印象の変化というのは大きい。大井競馬場は、この見出しをつけた人にも、かなり救われたと言えるのではないか。

 ただ、当事者が「珍事」と言うとシャレにならないので、気をつけてほしい。私の知っている大井競馬場の関係者はみなしっかりしているので心配ないと思うが、念のため、申し添えておきたい。

バックナンバーを見る

このコラムをお気に入り登録する

このコラムをお気に入り登録する

お気に入り登録済み

島田明宏

作家。1964年札幌生まれ。Number、優駿、うまレターほかに寄稿。著書に『誰も書かなかった武豊 決断』『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡』(2011年度JRA賞馬事文化賞受賞作)など多数。netkeiba初出の小説『絆〜走れ奇跡の子馬〜』が2017年にドラマ化された。最新刊は競馬ミステリーシリーズ第6弾『ブリーダーズ・ロマン』。プロフィールイラストはよしだみほ画伯。バナーのポートレート撮影は桂伸也カメラマン。

関連サイト:島田明宏Web事務所

関連情報

新着コラム

コラムを探す