セイウンワンダー、新潟2歳Sを制す

2008年09月09日(火) 22:49

 昨年7月の「セレクションセール」にて800万円(税抜き)でJRAに購買された1歳馬が、今年4月の「JRAブリーズアップセール」に上場され、最高価格となる2600万円で落札された。それが新潟2歳Sを制したセイウンワンダーである。

 母セイウンクノイチ、父グラスワンダー。競走名は父母の名前を半分ずつ取ったものと思われるが、こうして見ると、何ともすっきりとした良い馬名になっている。これで3戦2勝、2着1回。収得賞金は4000万円を超え、早くも「元を取った」ことになる。

 生産は新ひだか町三石稲見にある筒井征文牧場。繁殖牝馬がわずか3頭だけの小さな牧場である。当主の筒井征文氏は年齢65歳。予期せぬ形で中央競馬の重賞勝ち馬が誕生したことに、喜びとともに、戸惑いも隠せないでいる。

「馬だけではなかなか大変なので、3年ほど前から黒毛和牛もちょっと離れた場所で飼育している」とのことで、頭数としてははるかに和牛の方が多いらしい。ただ、こういう展開になってくると「簡単に牧場を畳めなくなった」との冗談も飛び出した。

 セイウンワンダーの母セイウンクノイチは、5年前の秋、北海道市場で開催された「ジェイエス繁殖牝馬セール」で購入した馬だという。筒井氏によれば「競ったのは自分ひとり」だったらしく、価格は60万円(税抜き)。

 今思えば、サンデーサイレンス肌の繁殖牝馬としては破格の安さと言う他ないが、その頃はまだこういうお買い得な馬もいたのだろう。筒井氏はその後もサンデー肌にこだわり、昨年もう1頭のサンデー直仔を手に入れた。その馬については後述する。

 さて、セイウンワンダー。去る4月14日に開催された「JRA育成馬展示会」(於・JRA日高育成牧場)に足を運んだ筒井氏は、あまりの生産馬の変わりように驚いたという。順調に生育してきたことが窺える馬体になっており、それから二週間後に行なわれたセール当日でも、出色のタイムを計時した。

 他の馬よりも動きが良ければ、当然のことながらセールは活発な競り合いとなる。2600万円で落札されたことは前述の通り。問題はその後で、入厩してからデビューするまでの間に調子を崩したり、または、デビューしたものの、思ったほどの能力を発揮できずに終わった馬も少なくなかった。

 しかし、セイウンワンダーの場合は、これ以上望めないくらいの形で早々にデビューでき、2戦目で順当に勝ち上がり、3戦目で重賞を制覇したのである。理想的と言って差し支えあるまい。

 筒井氏によれば「実はこの世代にもう1頭、JRA育成馬として購買してもらったスペシャルウィーク産駒の牡馬がいる」とのことで、調べてみると、そちらは母ツキノショウリ、母の父ノーザンテーストで、競走名はデアモント、となっている。栗東・飯田雄三厩舎所属。この馬は未だデビューしていないが、いずれ登場して来た時には注目してみたい。

 ところで、生産牧場には規模の大小を問わず「追い風が吹いている」ことを実感させられる時がある。「どういうわけか知らないが、最近ツキが回って来たなぁ」と感じたことは多くの生産者が経験しているはずだ。

 筒井征文氏にも今まさしくそんな周期が巡って来ているようだ。というのも、先週、新潟ではなく「小倉2歳S」にて2着に入ったコウエイハートというバブルガムフェロー産駒がいるが、このコウエイハートは連闘で2歳Sにチャレンジしてきた。前走はひまわり賞(九州産馬限定オープン)。そのひまわり賞でコウエイハートの2着に入ったテイエムメデテカという馬の母馬テイエムサイレンが、現在、筒井氏の牧場にて繋養されているのだ。

「こっちもサンデーの産駒で、昨年秋に縁あって購入した馬」だという。筒井氏は「こんなこと言ったら怒られるけど、私としては、このテイエムサイレンの仔の方が今となっては気になる」らしい。「全兄弟の当歳も生まれているし、兄が活躍してくれたら、これも売りやすくなるんだけど」と笑った。

テイエムサイレンと当歳(父テイエムオペラオー)

「馬が走ったら、とんでもないことになるものだね」と筒井氏は驚いている。セイウンワンダーの弟(父タニノギムレット)はオータムセール当歳市場に上場予定となっており、2歳S以後、連日何組もの客がこの馬を目当てに訪れるようになったというのだ。おそらくこのまま行けば、セールの目玉になるであろうことは疑いなく、筒井氏にとっては気の抜けない日々が続く。

セイウンクノイチと当歳(父タニノギムレット)

 そして、今回のセイウンワンダーの優勝を最も喜んでいるのは、もしかしたら、JRA関係者かも知れない。一世代上の3歳からはそれほど活躍馬を輩出できなかったが、今年は2歳世代からさっそく重賞勝ち馬が現れ、来年のブリーズアップセールに向けてまたとない宣伝材料が出来た。まだまだ2歳戦は始まったばかりであり、今後もブリーズアップセール出身の活躍馬が出てくる可能性がある。そして、余談だが、セイウンワンダーの全妹も8月下旬に行なわれたサマーセールにて、740万円(税抜き)でJRAが購買しており、順調に進めば来年春のブリーズアップセールに上場されるはずで、こちらにも注目して行きたいと思う。

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田中哲実

岩手の怪物トウケイニセイの生産者。 「週刊Gallop」「日経新聞」などで 連載コラムを執筆中。1955年生まれ。

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