イタリア競馬の危機

2012年01月18日(水) 12:00

 2012年が明けて以降、イタリアの競馬がストライキによって全面的にストップするという、異常事態を迎えている。

 昨年12月7日、香港のハッピーヴァレイ競馬場で行われたワールド・ジョッキーズ・シリーズに参加した、イタリア出身の名手フランキー・デトーリ騎手が、「Save Italian Racing(イタリアの競馬を守れ)」というスローガンがプリントされたTシャツを着用して話題となったが、新しい年を迎えて状況は好転しないどころが、悪化の一途を辿っている。

 既にご案内のように、イタリアでは債務問題が深刻化。国債10年物の利回りが危険水域と言われる7%を越え、失業率8.5%と雇用情勢も悪化。昨年11月に誕生したモンティ新政権が財政再建に全力を傾けているものの、1月14日に米格付け会社スタンダード&プアーズ社がユーロ圏9カ国の格下げを発表した際にも、イタリアは一気に2段階のランクダウンを受け、今後の資金調達に益々暗雲が垂れこめている。

 そんな中、競馬産業も影響を受けないわけがなく、非公式な発表ながら、2011年のイタリアにおける馬券年間売上げは、前年に比べて20%から25%ダウンしたと伝えられている。

 そういう時代だからこそ、競馬統括団体による企業努力と効率的な運営が求められるところだが、実態はその真逆であるところに、問題の根源があると言われている。

 イタリアの著名な競馬ジャーナリスト、カルロ・ズッコリ氏の指摘によると、イタリアの競馬統括団体「ウニーレ」は「バランスシートなど見たこともないのではないかと思えるほどの“放漫経営”を行なっている」そうだ。ズッコリ氏の指摘によれば、イタリアにおける平地競馬およびトロット競馬の、2011年の賞金総額は2億1800万ユーロで、賞金以外にも、競馬開催運営費として1億3500万ユーロが必要というのが、ウニーレの立てた予算だった。これに対し、2011年の馬券売り上げは13億7千ユーロで、ウニーレの手元に残った控除額は1億6千ユーロだったとのこと。すなわち、2011年のウニーレの収支勘定は、驚くほど大幅な赤字に終わっているのである。

 これほど収支が悪化したのはここ1〜2年のことであるにしても、ズッコリ氏によれば、ウニーレは「バランスシート度外視」の経営を少なくとも10年は続けて来たとのこと。財政悪化はまさに“身から出た錆”なのだが、そんな“丼勘定”でどうして競馬開催を続けて来られたのかと言えば、政府からの援助があったからに他ならない。逆に言えば、政府が「損失補てん」してくれなければ立ちいかない状態にあったのがイタリアの競馬だったのだが、今やそのイタリア政府の財政が火の車に陥っているのである。

 担当行政府から、競馬運営に対する政府からの拠出金を、2012年は前年比で4000万ユーロ減額の6100万ユーロとする、との通達があったのが、昨年12月のことだった。2012年も馬券売り上げの急激な好転は望むべくもなく、ここに至ってようやくバランスシートを意識したウニーレが導き出したのが、2012年の賞金総額は前年比で40%減になるとの結論だった。

 賞金が一気に半分近くになるというのは、馬主・調教師をはじめ、全ての競馬関係者にとって一大事である。

 競馬サークルの各所から、政府に対して猛反発する声が一斉にあがったが、これに対して政府側は、この条件が飲めないならば競馬開催に必要なライセンスを下ろさないと通達。更に、場合によっては拠出金の更なる削減もありうると、なお一層強硬な姿勢を見せたため、ついに年明けから、多くの競馬関係者が参加しての大規模なストライキに突入したのである。

 このままではイタリアの競馬産業・競走馬生産業は崩壊し、これに従事する5万人が職を失うことになるというのが、競馬サークル側の主張だ。

 イタリア本土にある41の競馬場が全て、裁決委員や発走委員をはじめとして関係者によって占拠され、閉鎖される事態となった他、馬主、調教師、生産者の代表者が、ローマの首相官邸前で座り込み運動を展開。競馬チャンネルの「ウニーレTV」も200人規模のデモ隊に制圧され、海外からのレース映像配信も停まることになった。

 両者の間で話し合いが持たれたのが、1月13日(木曜日)だったが、政府側は、競馬と生産に携わる人々の雇用を守ることは最重要課題の1つであるとの認識を示しつつも、具体案の提示はなく、週明けに改めて、競馬産業の救済策を打ち出すとの言質を得たことで、競馬側も散会に応じることになった。

 この間、デモ隊の中の先鋭化した一部が、話し合いの行なわれている建物への突入を図るなど、対立は激化する様相を呈している。

 そんな中、出走機会を求める調教師たちは、南フランスの競馬場で行われるレースに管理馬をエントリーしはじめている。また、ウンベルト・リスポリが2月20日から4月29日までの限定で香港における騎乗ライセンスを取得した他、カタールで騎乗を開始したピエラントニオ・コンヴェルティーノ、日本での騎乗を開始したクリスチャン・デムーロ、日本からドバイに転戦したミルコ・デムーロなど、国外に活躍の場を求める騎手も多くなっている。

 伝統あるイタリアの競馬が、どのような方向に進むのか。大きな関心を持って、その推移を見守りたいと思う。

▼ 合田直弘氏の最新情報は、合田直弘Official Blog『International Racegoers' Club』でも展開中です。是非、ご覧ください。

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合田直弘

1959年(昭和34年)東京に生まれ。父親が競馬ファンで、週末の午後は必ず茶の間のテレビが競馬中継を映す家庭で育つ。1982年(昭和57年)大学を卒業しテレビ東京に入社。営業局勤務を経てスポーツ局に異動し競馬中継の製作に携わり、1988年(昭和63年)テレビ東京を退社。その後イギリスにて海外競馬に学ぶ日々を過ごし、同年、日本国外の競馬関連業務を行う有限会社「リージェント」を設立。同時期にテレビ・新聞などで解説を始め現在に至る。

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